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来たぜ!シェムリアップ

 ようやく体調も回復したところで、ブログも復活してみよう。

 成田からの飛行機がホーチミンのタンソンニャット空港に到着したのは午後2時半。ホーチミンに来るのは実に14年ぶりだが、今は乗継のみ。かすかに記憶のある暗く小さい空港ターミナルは国内線用となっていて、国際線は新しい近代的なターミナルとなっていた。入国はしないけどベトナムはベトナム。この国に飛行機で来たのも初めてだ。前は北京発ハノイ行の国際列車だったし。というか、その時は中国天津まで神戸から船だったから、ここホーチミンまでは日本から陸伝いに来たのよね、などと思いだしてみる。
 さて感慨になどふけっている場合ではない。乗継チケットを受け取り搭乗ゲートで大阪から来た相方と合流。いやあ、人を待たせてゆうゆうと到着していい身分だ、と軽く悦に入った?いえ入ってませんが何か。
 乗り継いだ飛行機は50分程でカンボジアのシェムリアップ空港に着いた。途中に見たトンレサップ湖は巨大だったが、それよりもメコン河からカンボジアに入ったあたりが洪水だったように思うのは気のせいでしょうか?あれは決してデルタ地帯の景色だとかそんな生易しいものじゃあない。東南アジアの雨季はそういうものかそれとも特別なものかはわからないが。
 乗客は日本人、韓国人、中国人のみ。日本人は個人のツアー客だが韓国と中国は団体。後で街に入っても思ったが、この旅行スタイルはここでの定番のようだ。この日本人の中でも送迎の付かない完全フリーは我々だけだった。空港からホテルは定額タクシーだが、当然のように運転手が翌日の車チャーターの話を持ちかけてきた。出だしなので警戒して交渉を持っていくけど、事前に調べていたのと比べても悪い内容ではない。結局タクシーではなくトゥクトゥクをチャーターすることに決定。なんだかんだ言うけど中東や北アフリカあたりでの交渉と比べれば、東南アジアの交渉などキツいものではないっす。
 ホテルはデラックスクラスだが、二泊連泊で一泊無料とかいうプランで、下手な中級ホテルに泊まるよりも安く滞在することが可能。ホテル代が安くついたから、当然というかそうでなくてもというか、相方が「スパやる」とか言い出すので、自分もその気に。こういうのって一人旅ではまあやることは無いので、アリがたかったりするのです。
 夕飯は市内中心部の少し手前のクメール料理レストラン。一ノ瀬泰造というカメラマンを知っている日本人が今どれだけいるか分からないが、彼がこの街で下宿中に通っていたレストランである。店内には彼の撮った写真が飾られていた。
 帰路は、声をかけてきたトゥクトゥクが「3ドル!」とか言うのを1ドルにさせて、ホテルまで夜風に吹かれて戻ったとさ。
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ソフィアの鐘

知る限り、挨拶で普通にお辞儀をする国民は、世界中でも日本人と韓国人だけでは無いかと思う。

 ソフィア駅で当日のイスタンブール行の寝台は問題なく手に入れることが出来た。まだ7時にもなっておらず外は暗い。出発は夜なので丸一日ある。ソフィアというか、ブルガリア随一の見所といえばリラの僧院だが、ソフィアの南120km程の山中にあるこの世界遺産は、ツアーでは必ず巡るところだけれど、個人で行くのにはソフィアを午前10時過ぎのバスに乗るか現地旅行社の主催する一日ツアーに参加するかだ。ソフィアに来るまではこの僧院に行くつもりだったのだが、旅行社は何処もやっていない。いや、早朝だからではなく、リラのツアーそのものがオフシーズンで客もいないため、催行していないということだった。一応車をアレンジしてもらうと100ユーロだと言うが、そこまでして行くつもりもない。バスで行くのは可能だったが季節柄道が悪いので、夜の戻り時刻がわからないという。では仕方が無い。ソフィアの街でも見物しようか。

 雰囲気の暗い陰気な駅ならば、駅前も陰気だ。バスターミナルが併設されているし、洒落たブティックも所々にあるけれど、街の雰囲気そのものに色彩が無いので、どんよりと感じられるのだろう。一応ガイドブックを持っているけれど、危険な風でもないので中心部まで歩いてみることにした。路面電車の走る道を歩くこと20分ほどで、中心部と思われるところに着いた。来てみたものの、結局この街の見所も教会しか無いので、他に何をするでもない。ヨーロッパの観光とはある意味教会を巡る観光で、日本人を惹きつけるような美術館や城があるような観光都市はほんの一部に限られる。何処に行っても教会とか修道院とかになるから、余程の宗教好きでなければ、でなければ3日もいれば飽きてしまう石造りの街並に感動し続けるような感受性の持ち主でなければ、ヨーロッパの旅行はアジアに比べて退屈に感じるだろうと思う。パリがおしゃれな街と言うけれど、例えば若い女性で言えばパリジェンヌよりもモスクワの女性の方がお洒落に思うし、概して西欧よりも東欧の方が食事が美味しいとも思え、ヨーロッパが伝統と連続と言うのであれば、100年前も同じ景色でしたよね、と思えるのはローマの街並よりもチェコやハンガリー辺りの田舎町だ。所詮日本人にとってのヨーロッパとは有名な観光地を期待通りの光景で見せてくれて、5分ばかり「モナリザ」や「最後の晩餐」を見ることが出来れば良いのだろうと思う。

 もう一度書きたい。ヨーロッパの旅行とは退屈な旅行である。と、散々に書いたけれど、しかし最もヨーロッパの退屈を体現したような教会に、実はヨーロッパ旅行の本当の感動があるのではないかとも思うのである。

 ソフィアとはギリシアで「智慧」を意味するのはよく知られている。では何故この退屈で面白くも無い街をソフィアと言うのか。その由来は街の中心のちょっとした丘にある東ローマ帝国時代に建てられた教会にある。
 その教会の名前は「聖ソフィア教会」という。街の名前はこの教会から名付けられた。東ローマ帝国時代のものと言っても長い間イスラム教徒の支配を受けたので、20世紀の初めには殆ど崩壊していたらしい。その頃の写真が教会に残っている。バルカン半島最大といわれるアレクサンダル=ネフスキー寺院を訪れた後、近くにあるこの教会を訪ねた。小さな東方正教の教会で、東方教会には珍しく石レンガ造りがむき出しの建物だった。
 カトリックのお決まりといえば、大抵十字架の形をした建物に、磔になったイエスの像がその中心にあるのだが、東方教会の象徴はイエスやマリア他、聖人たちのイコンである。旧教ではイコンを本尊に見ることは無いが、こちらでは逆に磔のイエスを見ることは少ない。キエフでもそうだったけれど、ここソフィアでも人々は非常に信心深いようで、常に誰かがお祈りをしている。共産主義は宗教を否定したが、逆に西欧よりも東欧の方が信心深く見えるのは何とも皮肉なものだ。旧教では両手を合わせて頭を垂れるのがお祈りだが、東方教会ではロウソクを持って頭を垂れ、十字を盛んに切るのが礼拝である。旧教にしろ東方教会にしろ、そして多分プロテスタントにしろ国教会にしろ、頭を垂れるというのは神への謙虚を表すものである。逆に言えば、頭を下げるというのは神を敬う時に行う行為なのだ。
 丁度私が聖ソフィア教会を訪れた時は質素なミサを行っている時であった。小さい教会で行われる15人ほどのミサであったが、自分の足を止めさせるのには十分過ぎる程の神々しさがあった。人々の生活に染み付いた礼拝は、その場に居合わせるエトランゼの言葉を失わせる程のものだ。出来すぎだように教会の鐘が鳴り、祈りの静かな声が最高潮に達した。
 
 ソフィアは面白くも何とも無い薄暗く陰気な街であったが、私の印象は決して悪いものではない。寧ろヨーロッパの何たるかを再認識させられる街であり、翌日イスタンブールで久々に聞くことなるアザーンと共に、この旅行を象徴するような街となったのである。

 欧米人が日本人を評して言う代表的な表現と言えば「礼儀正しい」である。韓国人がどのように言われているのかは知らないけれど、常に頭を下げて相手に接する日本人は、欧米人にとって「神を敬う行為を誰彼へと無く行う人々=礼儀正しい」と思われるのは至極当然のことだろうと思うのだが、考えすぎであろうか

59列車 モスクワ発ソフィア行 それは久しぶりにキツイ列車だった

 ミンスク発の国際列車に乗ってキエフに着いたのは朝9時前。ミンスクは吹雪であったが、ここも雪ですかそうですか。今回は雪にたたられるぜ!
 まずやることはキエフを出る明日の列車の切符を手にいれなくちゃいけない。駅の大きな時刻表では..ここまでくると西行きはよりどりみどりだな。ワルシャワ、プラハ、ブダペスト、ザグレブ、まああちこちの首都行きが選びたい放題。ここから西はビザの要る国が無いからラクだぜ。で、早速ブカレスト経由ソフィア行「ブルガリアエクスプレス」の二等寝台を切符売り場で購入。ミンスクもそうだったが、英語は勿論のこと、西洋アルファベットというものが一切無い。キリル文字だけの世界も最初は魅惑的だが5日もたてばご馳走様だ。
 発車30分前から列車に乗れる。もちろん暖房の一切効いていない氷の駅にいつまでもいる必要は無い。車内に入れば温かい暖房が待っているからね。さて自分の車両は何処かしら?ホームに降りると目の前はウクライナの国境近くのチェルニヴチィまで行く車両が数両あって、その次が自分の車両。ウクライナ国鉄の担当車両か。で、隣は..緑に黄色一本線。こいつはロシアの担当車両、ということはモスクワから来たやつだな。緑の車両が3両ついている。自分の隣から2両はモスクワ~ソフィアの車両で、その先の1両はモスクワ~ブカレスト。キエフ~ソフィアの車両は1両のみ。それでも乗客は10人ほどしか乗っていない。コンパートメントは4人寝台だけど、勿論自分ひとりで使えます。いや~年季入った車両だね~。ミンスクからは最新の車両に乗っけてくれたんで快適に来たが、この車両は年代物だよ。乗車してまず気付いたのは暖房が付いていない。氷の駅を避けるために早くから乗ってきてるのに、無茶苦茶寒いんですが。壁に地図が貼ってある。鉄道地図だ。国名がキリル文字で大きく書かれており「CCCP」と読める。西洋アルファベットに直すと「USSR」。おいおいいつの時代の地図だよ。今の20代に「USSR」と言ったって判らないだろうな。子供の時にこんな名前無くなってるんだから。しかも東ドイツと西ドイツも書いてあるんですが。マジですか?
 こんな車両だから当然のごとく車内は暗い。電灯は日が暮れるまでつかなかったからね。何の意味があるか知らんがこの車両の担当車掌が電気の元を切ってやがる。発車は午後3時40分だったが、ようやく暖房が効いてきたのは晩の8時。石炭暖房なのは当然ですけど、発車してから火を入れてました。ありえません。
 モスクワからの車両はキエフで6時間待ちでようやく出発。ロシア~ベラルーシ~ウクライナと2本の列車に乗り継いできたのだが、夕飯は共に食堂車で食べてたんだけれど、今度の国際列車、食堂車が付いてません。それを見越してキエフ駅でバンを6個とミネラルウォーター1.5リットルを仕入れていった私は偉いと思います。この骨董品のような列車で2泊3日、食事は全てパンでした。
 まあ、昔の普通の旅行者の旅行はこんな感じだったんだろうと思いますね。食堂車は値段が全く違いますから、本来贅沢なものなんです。
 朝起きたらいきなり国境なのだが、この幽霊列車に乗っていて一つ心から嬉しかったのは、この場面。なぜなら景色から雪が消えたからだ。国境を越えるとルーマニアの大地。何処までも畑が続く。北海道の美瑛あたりを100倍くらい大きくしたような風景だと思ってもらったらいい。万歳ルーマニア!雪とはおさらばだぜ!でもこの国では降りないけど。
 ルーマニアを抜けるのに12時間かかった。線路状態も悪い。唯一良かったのはブラショフ~ブカレストを結ぶ区間。さすがにここはウィーンとかの西洋からの国際列車が通るので、しっかり保線してます。国の見栄もありますからな~。
 深夜にドナウ河を渡ってブルガリアに入る。朝の6時5分、ソフィア駅に到着。目覚ましを一時間間違えており、到着して「アンタまだ寝てたの?」と強制的に車掌に起こされ、文字通り駅に放り出された。
 うげ。ソフィア、寒いっす。

ダーランの夜景

 10年と少し前、シンガポール航空のシンガポール~イスタンブール線はダーランという街を経由していた。ダーランはサウジアラビアの都市。石油産業の街である。
 アジアから中東に向かう便はとんでもない時間に中東地域の街に到達する。それが欧州行の経由地として到達するのなら、出発地と目的地の時間帯をそれなりのものにするため、地理的に未明到達になるのも致し方が無いのだが、中東発着の特にアジア線なども何故か深夜とか早朝に到着、出発することが多い。今日本からドバイとドーハに直行便が飛んでいるけれども、現地着は早朝、現地発も未明で、夜景を見ながらその街を入ったり出たりする。シンガポール航空のダーラン到着も未明であった。
 砂漠の街の夜景とは、何処までも続く街灯の風景だ。道路が一直線に伸びるので、街灯も直線に伸びる。畢竟、その景色は幾何学模様を描くことになり、昼間の砂の風景と異なり夜景は思いの外美しい。特にダーランは石油関連で豊かな街であるので、インフラが整備されていたのだろう。オレンジ色の光の美しい模様を造りだしてくれたのである。
 サウジアラビアは普通の観光旅行では入国するのが困難なので、中東関連の仕事につくかイスラム教徒にでもならなければ、まず訪れるアテが無い。
 ダーラン空港は今ではサウジアラビア空軍基地となってしまい、近隣の街のダンマンがその門戸に代わった。

 ロマノフ作戦の発動まであと10日です。

「バルカンエクスプレス」

 名列車オリエント急行のルーツを引くのが「バルカンエクスプレス」。色々な変遷を経て、今はベオグラードとイスタンブールを結ぶ。トルコに初めて訪れた13年前は、この列車、イスタンブールとブダペストを結んでいた。当時はモスクワ行も併結していた(と、当時の日記に書いてある)。名前はいっちょ前だが、当時この列車は「盗賊列車」として旅行者の間では有名だった。ブルガリアとユーゴスラビア(現セルビア)では列車強盗が現れ、被害が多発していたのだ。それに加えてバルカン半島の列車はよく遅れることでも名高い。

 バルカンエクスプレスのソフィア→イスタンブール(夜行区間)に近々乗るのだが、少しはマシになったのかしら。列車を使うメリットは、ズバリ寝台で横になれることだけ。ソフィア→イスタンブールは確認できただけで4本の夜行バスが走っている。時間的にも安全性でもこちらの方がアテになる。しかもトルコのバス会社を選べば夜行座席といえども快適な空間が待っているし。大抵ベンツを使っており、評判は上々。トルコ国内区間では何回か使ったけど、日本の長距離バスよりも数段いけている。こんなだから、列車を使うなど本来愚策以外何物でもない。オリエント急行の時代は遥か昔。でも私の場合、夜行を使う時は列車が好きとかいう以前に、一晩と言っても「横になれる」というのが一番重要だったりするから、多少のリスクはまあ仕方が無いです。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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