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天使と悪魔~ヴァチカンのセキュリティ

 仕事が早く終わったので、TSUTAYAでDVDを借りて帰る。久しぶりだな、家で映画を見るのは。借りてきたのは「天使と悪魔」。映画館で見ようと思ったのだが機会を逃して結局見れなかった。去年モルディブに行った時、暇つぶしにと思って成田で買って持っていったら、丁度滞在期間中に3巻全部読み終えた。で、ストーリーはまあまあ覚えているのだけれど、ローマの観光旅行だと思ってDVDを借りてきたのだ。

 ヴァチカンと言えば、自分にとってはヨハネ=パウロ二世。以前も書いたが、ある大晦日にヨハネ=パウロ二世の説教をサン=ピエトロ大聖堂で聞いたことがある。広場でではなく聖堂内でだ。すぐ目の前、まさに5mくらい前を司教冠を付けた白装束の教皇が通って、聖堂奥の説教台に上がった。見るからに弱ってはいたが、声には張りがあったのを強く覚えている。

 しかし

 その聖堂内にいる人々の中で最も教皇に遠い筈の私であったが、どうして私が聖堂内に入れたのだろうか。私はキリスト教徒ではない。
 サン=ピエトロ広場は世界中から集まった信徒でいっぱいだった。当然この人達も生で教皇の説教を聞きたかった筈だ。広場には長い行列が出来ており、自分も並んでいたらいつの間にか入ることが出来たのである。別に割り込んだ訳ではない。そもそも説教を聞けるということも知らず何か貰えるのかしらという卑しい理由で並んでいたのだが、どうも周りの声を聞いていると説教の為の列らしいということで、そのまま並んでいたら中に入れたのだ。確かシスティナ礼拝堂でも行くつもりであの辺りを歩いていたのだが、ヴァチカンは2度目であったこともあり勿論礼拝堂よりも説教の方が大事だ。キリスト教徒ではなくとも歴史と宗教学に首を突っ込んだ私としては聞けるものなら聞いてみたかったのだ。

 で、不思議に思った訳。

 聖堂に入る際、荷物検査を受けた記憶が無い。いや、鞄くらいは見られたような気もするが、空港でやるようなセキュリティチェックをやっていないのは間違いない。てことは、もし私がテロを起こそうとする輩だったとしたら、あの日きっと成功しただろう。そう考えると大丈夫か?ヴァチカンのセキュリティは。実際に何処のウマの骨か分からん奴を聖堂に入れてしまったことは私の経験が証明している。私を入れてしまってはまずいんじゃないか?と思うのだ。ま、私としては至上の経験を得たのでこれほど有意義な日も人生史上でそれ程無いから良かったのだけれど。勿論テロリストではありませんよ。

 「天使と悪魔」はヴァチカンの話だけれど、見ててふと自分の経験を思い出した。勿論未だに神の怒りには触れていない、と思う。
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ヨハネ=パウロ2世の説教

 ヨハネ=パウロ2世を文字通り目の前で見たことがある。2003年の年末、友人を訪ねてローマを訪れた。年の瀬12月31日、ヴァチカンのサンピエトロ寺院で法王のミサがあり、それを聞きにいったのだ。僕はキリスト教徒ではないが、そのミサは誰でも入れた。ヴァチカンにはこのように一般の人が目の前で説教を聞けるミサが年4回ある。すなわち、ローマの記念日、復活祭、クリスマス、そして年末31日である。
 どういう訳か奇跡的な運の巡り会わせで、最も中央の席に座ることが出来た(法王は寺院の正面入り口から入って寺院の中央を通って説教台に向かうので、最も間近で法王を見ることが出来る)。席に着いて3時間後、ミサが始まった。法王が寺院に入った瞬間、聖堂は割れんばかりの拍手でつつまれ、「パパ(法王の愛称)!」の叫び声が堂内に響いた。世界各国からキリスト教徒が集まり、最も場違いな僕もその中で法王の説教を聴いた。側近に支えられて説教台に上った法王は、見るからに体は弱っていたが、声には不思議な力があった。この人物が欧州の精神的指導者か。アメリカのガキ大将に世界で唯一説教の出来る人物か、等々。勿論何を言っているかわ分からなかったが、声がきけただけで幸せだった(あとでテレビニュースで流れた映像を友人に訳してもらったところ、「イエスが生まれた地で殺し合いが起こっている(イスラエルとパレスチナ)のは何と悲しむべきことか」と言ってたらしい)。
 法王は現代に残った数少ない古きヨーロッパである。
 ヴァチカンの文化、宗教、風俗、習慣は、古い建物や遺跡が多く残り、他の欧州各国と比べて何となく古臭いイタリアの中にあっても、一層古いものに見える。その象徴の一つが、未だにヴァチカンの衛兵はスイス人傭兵であることだ(非機能的で恐ろしく派手な服を着て槍を持って寺院の入り口を固めている。さすがに最近は志願者が減っているらしい)。時代がこれだけ進んでも、キリスト教の総本山として、また欧州社会の精神的な支柱として法王は世界に君臨する。ソ連大統領ゴルバチョフが奥さんのライサにヨハネ=パウロ2世を紹介する際、「この方が世界至上の道徳の権威だ」と奥さんに言ったのは有名な話だ。これは法王の人柄と「空飛ぶ聖座」と言われたその行動に対する敬意もあっただろうが、2000年前から続く法王という存在そのものへの敬意もあっただろう。

 ヨハネ=パウロ2世を間近に見た時、僕は欧州に綿々と続く歴史に触れたような気がして身震いがした。決してオ-バーな話ではない。僕は無宗教の人間であるけれども、宗教と歴史の持つ文字通り神懸かり的な「何か」(としか表現のしようが無い)に圧倒されたのである。

 言葉でそれを表現しようと思ったのだが、難しかったな。

イタリアの老兵

 ギリシアのパトラスから船でイタリアに渡った僕は、ブリンディシに到着後、そのまま中部イタリアのラヴェンナへ向かおうとしていた。世界史の教科書で見た東ローマ帝国の皇帝のモザイク画がその街にあったからだ。
 20時58分発ミラノ・チェントラーレ行夜行急行。この列車はイタリアの「かかと」の街レッチェ発。早朝4時30分にラヴェンナへの乗り換え駅リミニに着く。季節からかそれとも普段からそうなのかは分からないけれど、二等座席のコンパートメントはどれもガラガラだった。見つけた空っぽのコンパートメントに陣取った瞬間、列車は発車した。

何処の街かはわからないけれど、停車した駅で一人の老人が僕の部屋に入ってきた。年の頃は見た感じ70歳くらい。夜行に一人で乗るとはお元気な方だ。

「ボンジョルノ」
「チャオ」

 夜更けだけれど「こんばんは」を知らないので「こんにちは」で挨拶した。最初はイタリア語で始まったが、イタリア人には珍しく(とあとで知った)、英語がペラペラだった。
「何処から来た」
「日本です」
日本人と分かった瞬間、彼は饒舌になった。
「バンビーノ」
おい、俺は「少年」かよ。そりゃあんたみたいな人から見たらガキかもしれないけどさ。
「日本人は私の友人だ」
それはありがとうございます。
「日本人は勇敢だった」
はい?
「かつて我々は共に戦った」
?...ひょっとして第二次大戦の話ですか?
「我々は先に降伏したが君達は最後まで戦った」
戦い続けたことに否定的な意見の方が多いんですけど。
「君の祖先も(確かに祖先と言った)我々と戦っただろう」
確か南方に行ったと聞いています。
「戦争は絶対にしたら駄目だ。友邦ドイツはその後我々を攻撃した。敵も味方も殺しあうことに変わりは無い」
おっしゃる通りです...。
「ただ我々にとっては青春だった。大事な時間を君達の祖先と共に過ごした。青春という時間を誇りに思いたいという気持ちもある。それは私が年をとったからかもしれないが。わかるか?バンビーノ」
.....。
「私の国と君の国は戦争で敗れた。歴史の中で悪にもなった。しかしそのことが、私や君の祖先が命をかけた時間を否定するものになってしまうとしたら哀しいではないか」
.....。
「君の祖先と私は友人だ。だから君は私の孫も同然だ。話が出来て嬉しかったよ」

僕は早朝にリミニで降りた。彼はぐっすりと眠ったままだった。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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