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「いい国つくろう、何度でも。」

今日の(正確に言うと昨日の)全国紙朝刊に出た全面見開き広告です。
久しぶりにインパクトのある広告でした。

一本のキャッチコピーに見開き写真と広告主という極めてシンブルでありながら、その広告の大きさもあって思わず見入ってしまいました。
最近このようなメッセージ性のある広告を見ません


宝島社2011


使われている写真のせいでしょうか。

厚木飛行場に降りようとするマッカーサー元帥の写真。非常に有名な写真です。

この広告の是非についてはネット上で非常に多くの賛否が渦巻いているようです。このように良くも悪くも評判を呼ぶような広告も最近珍しい。それはひとえにこの写真が持つ意味にあります。

敗戦日本の地にマ元帥が降りるタラップの一コマは、「占領の一歩」か、「米国陣営に引き込む一歩」か、それともそのあとに続く「繁栄日本への一歩」か。
人によってその受け止め方は非常に異なる。

「いい国」とは「1192」であり、20「11」年「9」月「2」日を意味する?
この日に新内閣が誕生したのは単なる偶然のようです。

広告を形作る要素は非常に少ないのですが、そのシンブルな世界の中にまた多くの意味を込められるのも広告のすごい所。なるほど、文言が多ければ良い訳ではありませんね。

広告主である宝島社は一年に一~二度、このような企業広告を打ってくることが知られています。去年の犬の広告もそう。

この会社の企業広告だけは、コピーの額面通りに広告の主張を受け入れたいものです。
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原子力の魔力

 原子力発電所の是非はひとまず置いておいて、どうにも理解できないのは、原発が存在している所の市町村の人々は怖く無いのか、ということだ。
 今停められたら困るとか出て行かれたら困るとか言うけれど、福島で起きている事を目の当たりにしてそれでも「自分の街は大丈夫」「電力会社が安全だと言っているから」などと、本気で考えているのだろうか。自衛隊の基地と同じで、原発が地域経済に深く根付いているから今更止まってもとか言うが、地域産業と生活の安全とで天秤にかけたとして、棄村になっている現実を見て、何かあったら生活の場を捨てざるを得ないにも関わらず「現時点」を是認し続けるのは、正直な話、理解に苦しむ。「では原発やめたら、今の生活をどうしたらいいのですか?」と当然の声が上がるのだが、危険と隣合わせに生きるのは「うちだけは大丈夫」との感覚が何処かで支配している=つまりは敢えて言おう、「危険な現実逃避」であると。

 宇宙に人を飛ばす時代に、自然エネルギーの有効な電力化は技術的に困難である筈が無いだろう。原子力という20世紀科学の頂点の技術を維持することが科学立国としてのプライドである、という考えを妄信的に持っている集団がいるのではなかろうかと穿った見方をしてしまう。核爆弾を持てない代わりの原子力発電だ。そのような考えが、新たな電源開発にともすればブレーキをかけてきているのが、この日本という国ではないかと思う訳です。

だから小沢を総理にしろ

 日本の政治家とは本質的に善悪は別にして地元への利益誘導が無いと務まらない、と以前書いた。大体政治家に聖人君子を求める方が間違っている。政治とは国家を預かる以上ある意味権力闘争の果てに成立するものであり、そんな世界を生き抜くには、綺麗ごとではやっていかれない。必然的にお金の話とは切っても切れにない所に存在する訳で、総理大臣が善人面している方が、何かあった時に大丈夫かと不安になる。国家の一大事に修羅場をくぐっていない者に任せられるだろうか、と思うのだ。

 何度も書くが、良くも悪くも日本の政治家とは佐藤栄作であり、福田赳夫であり、田中角栄である。これら日本型社会主義の実行者によって戦後の繁栄を享受してきたのは事実だ。その流れを最終的に破壊したのは小泉純一郎だが、それはこの国の「ムラ社会的共存世界」を破壊した。都会と地方がある程度まで同じ生活水準を高めることが可能になったのは、時代の要請と利益誘導を伴った古いタイプの政治家の実績である。果たして日本人は田中角栄を本質的に批判することが出来るだろうか?

 勿論金権体質を肯定するつもりはない。ただ人間対人間の義理人情とそれに伴う賄賂という伝統的な政治活動の結果が、日本をここまで発展させてきた、と指摘したいのだ。

 私は小沢一郎とは本質的に思想が違う。特にその「普通の国」に代表される国家観については一切共鳴しない。
 しかしある意味「日本型社会主義」を掲げるこの人物に今の日本を任せてみたいとも思う。彼に日本を任せることは、昔ながらの政治=良くも悪くも日本を発展させてきた政治が現代社会に通じるのか否か、という試みに他ならない。

 今一度言うが、政治家にクリーンな顔を求めてはいけない。金の話などあって当たり前だし、そもそも日本社会の根底にある「人情」とは、「まあまあいいじゃないですか」「ひとつここはどうかよろしく」という言葉と共にある袖の下と共に成り立つのだ。社会人になってある程度の地位に立つ人にとって、接待を受けるかもしくはしたことも無い人などいないだろう。程度の差はあれ、これだって立派な利益誘導だ。自分はしたりされてたりするのに、政治家はダメだなどと言いきれるのか?

 日本型社会主義の破壊とそれによる経済発展第一主義は、そもそもの日本社会や日本人の精神そのものと相容れないと考えるが、現代政治の実力者の中で最後に残った「社会主義者」小沢一郎が成功するかどうかは、国家百年の進路を決めることになろうと言っても言い過ぎでは無いと思うのである。

※社会主義者とは必ずしも左翼だとは言い切れない。ナショナリストとも通じるところがある。「国家社会主義」を唱えた有名人としては北一輝や、表場面に出てきた当初のアドルフ=ヒトラーなど。

九段の暑い夏

 九段下の駅を上がると騒然としていた。
 そこら中で大声を張り上げている。内容はお決まりのような中国の「暴挙」についてばかり。尖閣問題とか台湾問題とかウイグルとか法輪功とか。およそ8月15日とは関係無い内容ばかりだが、その雰囲気が道行く人の足を止めさせている。私は構わず九段坂を上がっていった。
 とにかく蒸し暑い。九段界隈はこの夏の暑さがやたらに似合うような気もする。靖国神社へ向かう人の波は、今迄見たこの神社の参拝客の比ではない。中共を糾弾するアジ演説が暑さを更に駆り立てる。繰り返すが中共と太平洋戦争は深くは関係無いだろうに。外国人参政権反対などという声も上がっているが、要は反共と排外主義と太平洋戦争とは同列の主張というものなのか、ここで叫んでいる人達にとっては。

 お手水では帝国海軍の白い士官服に身を包んだ元軍人らしき老人達が談笑していた。参拝の大行列が門のところまで続いていたが、私は参拝をしに来た訳ではないので脇の入り口から入っていった。勿論戦争世代の人達もいるが、それ以上に目立つのは私と同じかそれより下と見られる人達。こういう人に限って仰々しく頭を下げて参拝をしている。人の主義にケチを付ける気は更々無いのだが、見立て格好が秋葉原の電気屋にたむろしている集団と同じように見えるのだ。ネット世界の所謂「ネトウヨ」とはこういう人達なのかしらん?とも思ってしまう。そこにある主張は、主義と言うよりも自己を体現する為の声じゃないか?ここで頭を下げている私と同じ世代、全てがそうだとは言わないが、自分を自分として認めてもらう為だけの行動。いわば競馬場でやたら声を上げている人々と、どうしても同類にしか見えない。

 丁度石原都知事が参拝をして出てくるところに出くわした。日の丸が振られるのはまあいいとして、少しばかり慎太郎コールが響く。ディープインパクトに声を上げているのと全く同じだ。共感も何もない。

 正殿から続く人の多さを横目に、気が狂いそうになる位の暑さの下、もう充分ですという気で門を出た。出たところで、兵隊の格好をした人達が一列に並んでいた。で、何をするのかといえばおもむろに「天皇陛下万歳」を叫び出した。周囲の参拝客からも併せて万歳三唱の声が上がった。この兵隊の格好をした集団の方が、まだ主張を持っていそうで多少納得はしたけれど、先頭の老人を見た時は何となく哀しくなった。戦争に実際に行った人か、それともギリギリ出征手前の世代か?少なくとも戦前の教育を受けているのは間違い無さそうだ。

 老人はともかくとして、ここで仰々しく声を上げている人達、自分達のやっている意味を本当に理解しているのか?軍服を着ている老人達を否定する気はない。むしろ靖国神社に行く為に戦った世代だ。それが青春の全てであれば、正しいと思う、否定したくないという気持ちも十分に分かる。けれど明らかにそうで無い世代。今の国論の一部だけを受けて、もしくは「敢えて」一部だけを見て、声を上げていないか?国の為に戦った人々への意を純粋に込めて頭を下げ、声を上げているのならまだしも、自己を現わす為にその意を深く理解せずにここに来ているのだとしたら、危険だと言わざるを得ない。
 自己を主張するだけで終わるとしたら、この国は先の戦争から何も学んでいないことになるだろうと思うのだ。


「天皇陛下万歳」

日本航空と全日空

 似たような時間で飛んでいるとして、この2社のどちらを選ぶと言われたらどちらを選ぶだろう?
良くも悪くもカルテルまがいの同料金で飛ぶことが殆どなので、仮にマイレージに加入していなければ、それ以外の付加価値での比較となるが、私の場合は余程のことが無い限り日本航空となる。
何故なら

1)プラス1,000円でクラスJに乗れる。
 仮に東京~大阪であっても普通席とクラスJのこの1,000円は値段以上の差がある。一度クラスJを利用したら分かるが、その乗り心地はクセになる。事前に予約していなくても空港で空席があれば、どんな料金のチケットを持っていたとしても利用できるので、私の場合は大抵利用しています。沖縄線とか北海道線であれば、利用しないなど考えられませんね。
 全日空だと普通席の上はプレミアムシートになるが、これは7,000円アップ。過去に1回利用したことがあるが、クラスJのコストパフォーマスを体感してからは、乗る必要がなくなった。時間帯によって機内食が出るのでそれくらいかしら。シートはさすがにゆったりしています。

2)ドリンクサービス
 空の上って喉が渇くので、以外と自分には重要だったり。全日空はお茶と水以外有料。まあコストの切りつめだろうけど、こういう細かいところでJALと差が出る。対抗他社が金を取っておいて自社は経営破綻してもこの辺りをしつこく続けるJALの営業に敬意を表します。自分の場合はコンソメスープ専門。JALのスープは、以前から定評がある。

 とにかく全日空は広告がうまいので、イメージ先行でそちらにしようと思うことが大抵だが、気が付くとJALを選んでいる自分がいる。色々と会社の非常識ぶりがあぶりだされているが、この期に及んでもサービスに於いて高コスト体質を維持するのは、フラッグキャリアの自負をそこに見ることにしよう。

 スカイマーク?安いのは認めるけど、去年運行ダイヤのいい加減さに頭来たので、選択肢にない。

 何気に私が唯一持っているマイレージカードはエミレーツ航空のもの。これ、JALだと100%加算です。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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