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偽りの解放軍

しばらく更新をご無沙汰していたのは、仕事で毎日がにっちもさっちもいかず、更新まで手が回らなかったことによる。一部の方々にはご迷惑をおかけした。お詫びを申し上げる。

 2006年もあとわずかとなって、衝撃的、かつ予想通りのニュースが飛び込んできた。独裁者への死刑執行である。先日死刑確定となって「30日以内執行」との事であったから、この時期に執行された事自体は不思議ではない。米軍の目的がフセイン政権打倒であったとすれば、これで目的は達成された訳だ。本来の予定なら、これに加えて米国にたてつくイランとシリアの間に親米政権が出来て万々歳であった筈である。しかしこれは未だに達成されていない。
 独裁者が倒され、米軍は自由をもたらす「解放軍」であった筈だ。少なくともアメリカの意識としてはそのように迎えられる筈だった。
 そもそも米軍の海外派兵は、歴史的に解放者として迎えられることが多かった。不干渉主義から第一次世界大戦参戦、第二次世界大戦のパリ入城、ライン河渡河、朝鮮戦争の仁川上陸etc。それがベトナム戦争で一変し、歴史上初めて戦争に負けたのは、周知の事実だ。
 だいたい米軍の出兵には「自由と解放の為に」という大義名分が必ず付いてまわる。本来なら抑圧された民衆にとっては非常に魅力的なスローガンな筈なのだが、いざ出兵してみるとそうもいかぬ。大方のイラク人に嫌われているのは誰が見ても分かる。

 独裁者の打倒は民衆の解放を約束したものではなかったのか?現実は、あわよくば国の権力を握らんと欲する者達の絶好の機会になっただけではないか。

 解放された人々が日々殺される現実を見ると、アメリカの言う平和とは一体何か?その嘘を分かっていながら、堂々と「アメリカのやっていることに間違いは無い」と言える日本の政治家の厚顔無恥と、その人たちに一票を投じている国民が情けなくて仕方が無いのである。
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日韓似たもの同士

 さて、忘年会シーズンである。勤務する会社でも「今年もお疲れ様」などとやっている。職場のみんなで集まって「かんぱ~い」とわいわいガヤガヤ。「日本だな~」なんて思っていたのだが、先日ソウルを訪れた際に入った食堂で同じ光景を見たのである。
 サラリーマンらしき6、7人のグループがYシャツ、ネクタイであぐらをかいて卓を囲んでいるのである。お互いに「まあまあもう一杯」なんて形で酒を注ぎあっている。受けたほうは両手でグラスを構えながら、「いやいやすまないね~」などと言っている。これはまさしく日本の宴会ではないか。
 何処の国でも隣国同士というものは、一部を除いてはそんなに仲良くないようだ。少し前までの韓流ブームは異常な盛り上がり方だったけれど、一方で語られる嫌韓ムードも決して弱くはない。当然の事ながら歴史的経緯も手伝って、韓国に於ける一部の反日運動はご存知の通りだし、良くも悪くも日本に対するライバル心は、少し韓国を長く旅行すれば自ずと感じるであろう。(断っておくが、勿論親切の方も非常に多い。それは日本人が韓国人に対して嫌韓だけでないのと同じだ)
 しかし、だ。日本人、韓国人、共に知っていてほしいのだが、両国国民は普段の行動に於いて驚くほど似ているところが多いのである。当人達の好むと好まざるとに関わらず。気づくところで幾つか挙げてみよう。
 まず、人に挨拶をする際、相手に頭を下げる習慣があるのは日本人と韓国人だけだ。特に女性。中国人他アジア人は勿論、欧米民族はそんなことはしない。親密さを示すために行うのは握手である。
 ハチマキ。以前五輪でハチマキをして出場した韓国のマラソン選手がいた。日本人は言わずもがなだ。中学や高校の陸上大会では必ず目にする。気合を入れる際にハチマキをするのは日本人と韓国人だけだ..と思っていたが、中東の活動家が行動を起こすためにハチマキをつけて神に祈る哀しい姿を見た。まあ、アジアで、ということであれば、似ていると言っても間違いでは無いであろう。
 まだある。言語。基本的に日本語も韓国語も主語→目的語→動詞、の順である。中国語は概ね主語→動詞→目的語だ。
 年配の女性の行動様式なども日韓全く同じ姿、行動。これはモスクワの空港でトルコから帰る韓国人の団体で感じた。関釜フェリーで見た人々もそうだった。
 英語で質問された時に分からないなりにも英語で答えようとするところも共通している。中国人なら中国語で返す。他アジア人も英語が分からなければ、自国語で返すか会話を断るかのどちらかだろう。日本も韓国も英語の通用度は同等レベルだと思う。が、相手が英語で聞いてきたなら「ゴーストレイト アンド レフト」とか、まあニュアンスは分かるけれど、文章的には不可思議な回答で頑張ってしまうのである。
 お互いにいがみ合うことが多い割に、根っこのところでは結構共通点がある。それは占領の歴史とかに拠るものではない。民族が持つ元々の文化なのである...と思う。そういう似たようなところを見ると、喧嘩してもしょうがないだろ。実際のやってることや仕草なんかは似たもの同士だし、なんて思ってしまうのだが。
 という訳で明日も乾杯しよう。
 

大使館の日の丸

 長期旅行をしている途中に首都クラスの街を訪れると、何となしに日本大使館(または総領事館、領事館)に足が向いた。大体館員にとって長期旅行者は好まざる客だ。他国のビザ取得の為にレターを出せとか、自分宛に手紙が届いていないかとか(住所不定の長期旅行者にとっては、海外でほぼ確実に手紙を受け取れるのがが在外公館。公館留で手紙を送れる)大した事は無いんだけど、どうでもいいような面倒くさい仕事を持って現れるからだ。
 自分の場合特に用は無い。では何故行くのかと言えば、日の丸が上っているからである。
 普段日本で生活していて自分の事を愛国者だと思わないし、政治家の言う愛国主義の押し付けなどはゴメンだ。歴史を勉強してきた者として伝統建築には興味があるし、伊勢神宮や天照大神の話なども好んで読んできたけれど、神国日本という考え方にはまっぴらだ。ちょっと歴史を学べば「神国」とか「日本万歳」とかいう概念が伝統的な考えでは無く、明治以降に完成されたそれ程古い思想では無いというのはすぐに分かる。これは自虐史観でもなんでもない。だから、そんな事を声高に叫んで伝統を奉じるような事は、どちらかと言えば高等学府を出た者の思想では無いと考える。畢竟、今の新保守系の政治家や評論家が自分らの考え方を言うのは自由だが俺や周りの者達まで巻き込むな、と思うのだ。
 けれど在外公館まで行って日の丸を見たくなるのは、「日本」という場を意識させてくれるからに他ならぬ。
 在野の多数一般人にとって、日本とは国家体制ではなく、自分の周りの親しい人々や日本独特の風景や故郷を指しているのではないか、と思う。近隣国のやっていることは確かに危険だけれど、それを金科玉条に国防力の増強をはかろうという考え方は、多分多くの人々にとっては大して重要な意味を持たない。如何にも軍備力充実が今の日本にとってどれだけ重要なものかを、テレビや新聞の向こうで一生懸命説いているが、大抵の人にとっては多分どうでもいい話なんだろうな。本当はもっと真剣にならなくちゃいけないんだけれど、みんな知らん振りを決め込んでるから、気づいたらとんでも無いことになっていそうだ。また政治的に保守を決め込んでいる人たちが、自分の事を愛国者だと思い込んでしまっているからタチが悪い。国家(国家体制と言い換えても良い)を想う=国を想うという考え。けれど、ちょっと落ち着いて考えてみれば国を想うというのは、家族や大事な人を想うことだと分かるはずだ。
 前から思ってるんだけれど、国防力増強を唱えている某元防衛庁長官を中心とする人々たちは、もし戦争になったら自分自身か自分の子供達を率先して最前線に向かわせるんだろうな?間違っても安全な場所で司令官面するような情けないことはしないとは思うが。
 話が散漫になってしまったが、ともかく長期旅行をしている時は何となしに日の丸を見に大使館や領事館に行った。理由は先ほど述べた通り。これが本当の愛国主義だと思うのだが如何だろう?

移動グルメ~その名は食堂車again

 旧社会主義国を旅行をしていて何が助かると言って、交通費が安いこと、そして食費がかからないこと。物価全体が安いと書こうと思ったが、最近はこれは当てはまらない。ロシア辺りではもう西側諸国と変わらない。が、依然として交通費と食費が安いというのは大抵の旧東側諸国では言えることで、これは旅行をしていて一番助かるところだ。そして意外と気づかないところだが、隠れたところで助かるのは、採算度外視の商売が今でも残っているところ。その最たるものが長距離列車に必ずと言ってよい程連結されている食堂車である。
 欧州各国でも、食堂車は国際列車を中心に残っているけれど鉄道黄金時代の食堂車のイメージは既に無く、列車のスピードアップもあって一部を除いてはたいしたものは無いかとてつもなく良いかの両極端。どちらかと言えばBarかカフェテリア、さもなければ豪華レストランという感じで、一般の旅行者が「腹減った」と言って食べに行くような食堂車は絶滅寸前である。当然利用する客は減る一方なので、マクドナルドに食堂車を営業させてみたり、営業連結をやめるなど古き良き食堂車は消え行く存在だ。
 旧社会主義国の食堂車は違う。お国のコンセプトは一応「為人民服務」(ソ連も似たようなヤツだったと思うが思い出せない)であるので、採算など知ったこっちゃない。「客が居ようが居まいが決まりだから連結する」ように見えるものが多い。他の国と同様、街のレストランと比べれば高いし、お客の入りも良くない。中国の食事時を走る列車では必ず食堂車は付くが、それは「食べることに命をかけるお国柄」だからではない。何故ならどの列車食堂もガラガラであるからだ。まず一般の人々には値段が高すぎるだろう。車内販売や駅売りが充実しているということもある。食事時になると食堂車から作りたての弁当が車販でくるし(この事が利用を妨げている一つの理由だと思う)、大体車内での食料(主にカップラーメン、ソーセージなど)を予め用意している客も多い。駅に着けば、カップ麺やビールなどに加えてその土地の特産品が売っていることもある。これは他の東系国家でも同様だ。
 それでもだ。金満日本人の懐具合とその傲慢をもとに考えると、値段が高いといってもたかが知れている。何より温かい食事が供されるということは何事にも代え難い。もっとも食堂車は当たり外れが大きいので、外れの場合は楽しい筈のレストランカーが家畜食堂車と化すか、社会主義万歳の配給食堂で義務的に供される義務的に作られた食事を食べなくてはいけないが。でもたまに食堂車のものとは思えないくらいとてつもなくおいしい食事に出会うこともあるので、食堂車通いはやめられない。何と言っても旧社会主義国はもともと食事の美味しい国であることが多いから、食堂車はバクチを行うだけの十分な価値があるのである。
 ちなみに今まで最も混んでいた食堂車は先日の中蒙露国際列車の中国側食堂車。常に満員御礼であった。何故なら、タダメシだったから。乗客に食事券を配っていたのである。そういうことを中国人もモンゴル人も、そして私も見逃す筈が無いではないか。みんなで食堂車へ直行だ!内容は配給食そのものだったけど。

伯父の先生

 父の実家は横須賀の片田舎である。目の前は相模湾。晴れていれば海の向こうに富士山がくっきりと見える。横須賀でも開けているのは京浜急行の横須賀中央駅がある東側で、西側はそれはそれはとんでもないくらいの田舎だ。平塚育ちの母が初めて婚約の挨拶に父の実家を訪れた時、「私はこんなところに嫁ぐのか」と唖然となったそうだ。平塚も都会ではないけれど、それでも街中に育った母には父の育ったところは別世界であったらしい。今でもそうだが鉄道で行くのはとても不便で、「実家に行くために船を買おうか」と言っていたくらいだった。
 終戦後、父の兄が近所に新しく出来た英語塾に通いだした。普通なら横須賀の辺鄙なところに英語塾など出来る訳が無いのだが、東京の偉い人が実家の近所に引っ込んで、英語の私塾を開いたのである。
 先生の名は井上さんといった。
 伯父によれば、井上先生は「これからの日本に必要なのは国際人である」というのがポリシーだったそうだ。漁村の親達もそんなに裕福では無かった筈だが、年頃の子供達を通わせた。後にその塾出身者の県立横須賀高校(横須賀、三浦地区の代表校)への進学率は飛びぬけて高かったらしい。もちろん伯父も横須賀高校へ行った。
 ご存知の方も多いだろうが、井上先生とは海軍の軍人井上成美である。太平洋戦争の開戦に米内光政、山本五十六と共に否定的で、第四艦隊の司令長官を経て江田島の海軍兵学校の校長を務めた人物。また戦争末期に大将となり、「最後の海軍大将」と言われる。彼に対する詳しいサイトや本はいくらでもあるので、詳細は他に譲るが、ここで申し上げたいのは、アメリカと戦争することに否定的であったこと。それも客観的状況から導き出して否定論を唱えたことだ。
 ~(前略)~日本ハ対米戦争ノ場合、米ニ対シ、有ラユル弱点ヲ有スルヲ以テ、吾ニ於テ、万一此ノ弱点ヲ守ルノ方策ニ欠クル処アルニ於イテハ、彼、吾ノ弱点ヲ突クノ公算多ク、帝國々防ノ安泰ヲ期シ難シ。~(後略)~(新軍備計画論)

 本日12月8日は日本がアメリカに戦争を仕掛けた日である。
 今の日本に於いて客観的に国の行く末を考える事が出来、また発言の出来る主義も主張も骨もある政治家がどれだけいるのだろうか。

 井上先生の住んでいた家を訪れたことがある。集落の高台にある、閑静な住宅であった。

移動グルメ~その名は食堂車

 覚えている限りでは、本邦に於いて定期列車に食堂車が営業されているのは三列車だけではなかったか?いずれも北海道と本州を結ぶ列車である。
 国内も含め、食堂車が付いている列車では極力食堂車で食事を取ってきた。それは日本では体験できないもの珍しさだからではない。大体食堂車で食事をとってもあまりいいことは無い。何よりも高い。その極地をいっているのが、日本の食堂車である。単に食事を取るだけの空間なのに、そこで出てくる食事が10,000円とかいうのが理解できない。食事そのものが列車の売りだとしても、食堂車は何よりも乗客に対する供食設備である筈なのに、だ。これは、日本の鉄道(長距離列車)が移動手段としてではなく、それ自体が旅行の目的として存在している何よりの証拠である。豪華な列車で長距離の移動を楽しみ、豪勢なディナーで夜のひと時を楽しむ。そこには目的地へ向かう手段としての鉄道は無い。移動するだけなら飛行機を使えばよい。
 一度札幌から大阪までかの有名なトワイライトエクスプレスを利用したことがある。別に列車に乗りたかった訳ではなく、飛行機が満席であったので結果的に列車にしたのである。結論から言うとこの列車は最悪であった。2泊3泊の鉄道旅行は散々してきたので、1泊2日の道中は何でもない。Bの開放寝台だって嫌という位乗ってきたから慣れている。何がいけなかったか。この列車には食べるところが無かったのである。
 札幌を14時過ぎに出て自分の意思で自由に食事を得られるのは、あろうことか翌朝の金沢が最初であった。食堂車は基本的に予約制。しかも5,000円もする海峡ご膳が最低ランクで、座って食べるフランス料理のディナーなど手が出る訳が無い。一応弁当の予約を取りにくるが、種類が一つしか無い函館の駅弁のみ。選択肢が無い。途中の千歳、苫小牧、東室蘭などの駅ではキオスクさえもホームに無く菓子も購入出来ないとなれば、函館の海鮮弁当が食べれない自分は何を食べれば良いのか。こんなことなら札幌駅で「車内にまともな食事はありませんwao」と案内してほしい。結局晩9時を過ぎたパブタイムに鳥の唐揚げとビールでおなかをごまかしたのである。翌朝の金沢での停車時間に食べた駅うどんが何と美味しかったことか。
 海鮮が食べられれば弁当で問題無かったのかもしれないし、奮発して食堂車に行くべきだったのかもしれない。そもそもこの列車が企画列車で、たまたま移動手段として利用した自分がバカだった。そう考えて自分自身を納得させるしかなかったが、あまりにも哀しかった。乗客に食事を提供するのが食堂車では無いのか。ラーメンやカレーライスでも良かったのだ。限られた車内空間では贅沢はいえない。でもせめて新幹線や特急列車のように途中駅で弁当などの車内販売をいれるべきではなかったのか。どんなに落ちぶれた九州寝台でも車内販売はあるぞ(いや5・6年くらい前まではあった。今は知らないけど)。
 確かに見た限りでは、トワイライトエクスプレスを移動手段として使っていたのは自分だけだった。他は記念旅行や団体旅行の乗客だった。いわば自分が場違いであって、列車の設備も食堂車も風景も旅行の「演出」の一部であったのだ。そんな分かりきったことに気づいたのは大阪に着いてからであった。
 その後、乗務員のコーヒー代ネコババ事件があったが、馬鹿馬鹿しくてもう二度と乗るまいと、今のところ思っている。

 本当は国内列車の愚痴を書くつもりではなかった。次回は気を取り直して海外の食堂車について書こう。

天安門広場発 赤の広場行(その3)

 そりゃあなた、その昔中国の列車のトイレと言えば、この世のモノとは思えないくらいひどいものでしたよ。まさに悲惨という表現がピタリでした。11・12年程前、中国の西南地方を荒らしまわっていた時は、如何に列車の中でトイレに入らないかに知恵を絞ったものでした。西南地方の列車(成都、昆明、柳州局管理の鉄道)は、本当に評判が悪かった。例え最上級の軟臥に乗ったってトイレに入る気無くすのですから、普通車にあたる硬座、特に長距離列車の硬座のトイレなんてのは地獄絵図です。今と違って平気で2泊3日とか走っていましたから...まあ、詳しい表現はやめときましょう。
 そんな中国鉄路も21世紀に入って格段に良くなりました。特に空調が付いている硬臥以上の等級では、あまり嫌な気にならずに済みましたね。まあ、大抵のところへは1泊2日で行かれるようになりましたし、車両自体が綺麗になりましたから、人民諸氏も少しは気を遣うようになられたのでしょうか。
 今回北京からモスクワまで乗った車両は中国の車両、北京局の管理です。さすがに6日も乗っていればトイレに行かない訳にはいかないので、多少気になっていたのですが、結論から言うと終着駅まで素晴らしく綺麗なままだったんです。いや、ウランバートルまでは多少汚れましたけどね。でもそこから先は完璧でした。
 そりゃそうです。そもそも等級が軟臥よりも上の高包。しかも乗客が4人、列車員が2名の計6名しかいない。それでもって乗客が以下のような方達であれば、汚すほうが難しいというもの。
●Ⅰ・Ⅱ号室・・中国人列車員
 中国の方々は自分の所属するコミュニティで無い場所での振舞いは恐ろしく無関心(身勝手とも言えよう)であるが、自分の所属する範囲、身内と認識する範囲であると素晴らしく関心を持つ人々である。よって、自分の担当する車両のトイレに気を配らない訳が無い。そもそも汚れないトイレの管理であるから、掃除にも気が入るというもの。
●Ⅲ号室・・ロシア人夫婦
 夫は亡命ロシア人の上流家庭出身で少年兵としてスターリングラードの戦いに参加。ナチス=ドイツ相手に戦功を立てる(本人談)。婦人はロシア貴族の孫。祖母、母親の厳しい躾と、ソ連時代もその血筋の誇りを失わずに生き、今に至る。つまり上流の方々であるということ。
●Ⅳ号室・・日本人
 世界でも有数の礼儀正しい国に生を受け、幾多の国を巡るも日本人としての誇りを失わず..まあ詳細は省きます。そんな立派な人間ではないですから。
●Ⅴ号室・・スイス人
 欧州でも生活の水準は上をいく国家に育つ。スイスという所は訪れれば分かるが、周りの国(独、墺、仏、伊)とは明らかに違う街、駅、人..etc。その上、極めて綺麗好きの性格。
 
 こんな人達であるから、みなさん民度も高く他人の事にも気を遣えます。お陰で6日間の列車内の生活、快適に過ごすことが出来ました。


↑終着駅寸前のトイレ。ハラショー。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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