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震災十二年

 子供の頃から実家がある地域では、震度6の地震がいつ来てもおかしくない、と言われていたので、地震に対する備えはそれなりに出来ていた。確実かどうかは別にしても家具は壁から紐で支えていたし、非常食も備蓄してあった。頻繁に小さい地震が来ていたので、地震に対する心構えは私自身も染み付いていた。畢竟、京都に来て一人暮らしを始めた時も、それとなく実家と同じように家具を壁から紐で支えていたりした。関西で友人の家を訪問していつも不思議に思っていたのは、地震への備えがあまりにも無い事であった。別に彼らやその家が悪いのではなく、私がたまたま地震頻発地域に育っていたからそのように思っていただけの事で、地震が無い地域では仕方の無い事だったろう。
 95年1月17日、早朝は勿論目が覚めた。それでも普段実家で感じていた程度の揺れであった(ように思う)ので、「ああ地震だな」位にしか思わなく、すぐに寝直したのを覚えている。たまたま住んでいた所が竹やぶの上の建物だったので、揺れが弱かったのかもしれない。その日の午前、大学に髪を切りに行った。たまたまラジオから流れてきたのが「神戸で地震。死者200名以上」というニュースで、びっくりした。大学の床屋も普通に営業していたから、京都市内の揺れはそれ程でも無かったのかもしれない。ニュースが流れるまでは床屋の人も普段と変わりなかった。その年の夏、神戸港より天津行の船に乗ったが、幸いにして阪急電車は三宮まで開通していたものの、ポートライナーは動いていなかった。改めてどんでもない地震であった事を思い知らされた。
 震災より12年経った今、縁あって神戸に住んでいる。一見にぎやかな街であるが、本通を外れると所々に更地も残っていたりする。育った環境のせいか、震災のせいかは分からないが、いまだに背の高い家具は買う気にならないし、テレビは床に置いたままである。
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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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