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T164/165次 上海→拉薩~第二日 西域漂う蘭州

列車は甘粛に抜ける峡谷を走る。険しい山中を縫うように走り、一旦抜け出すところが天水だ。我が列車はこの駅を通過するが、小さな駅ではない。チベットを行き来する列車以外は、この駅に停車する。ここは、諸葛孔明が自分の後継者として蜀の命運を託した姜維の出身地。元々魏の武将であったが、蜀に降ってからは孔明の遺志を継いで総大将として魏と戦う事になる。そんな事を考えながら、天水を通過。

所謂シルクロードと呼ばれる西域への出発点は、西安だと思ってきた。実際歴史を紐解くと前漢から唐までの大体1,000年間は長安が都であることが多く、NHKの番組の影響もあって、シルクロードの起点は西安とされている。歴史から考えるとそれが正しいのだが、現在の中国では少々違うように思えてくる。確かに西安は今でも西方への列車のターミナルとして機能しており、西安発西行の列車は多い。が、西安はあくまで漢民族の街であり、一見すると他の中国の街と殆ど変わらず趣に欠ける。では、中国の西の入り口は何処かというと、個人的には蘭州でないかと思う。

蘭州は、甘粛省の省会。黄河沿いに横に長く開けた大都市である。またあまり知られていないが、実は中国のへその部分にある街で、中国の真ん中に位置する都市でもある。この街が他の街と違うのは、明らかに西方の人々=イスラム教徒が多く見られることだ。この街を通るのは二回目であるが、前回は未明だったので全く記憶が無い。なので、訪れるのは実質今回が初めてある。第七番目の停車駅であるこの駅で、特に硬座からは多くの乗客が下車した。一目でイスラム教徒と判る人々や、ウイグル人も多く降りた。そうである。ここまでくると西域のウイグル人の姿が多いのだ。
 現在でも新疆地方で幅を利かせているのはウイグル人である。彼らの殆どはイスラム教徒であり、中原の漢民族が無宗教なんだか仏教徒だかわからない、つまりは日本人のように自分に都合よく宗教と付き合ってるのに対し、ウイグル人は生活の中にイスラム教を据えて日々過ごしている。本来共産主義では宗教は毒の筈なのだが、そのような思想があったのは文化大革命まで。以降は国家=共産党=漢民族社会に迷惑をかけない程度の信仰は保証されている。ちなみに法輪功が徹底弾圧をされるのは、共産党をボロカスにこき下ろすからで、香港の天星碼頭ではいつも法輪功がアジっていてにぎやかだ。
 イスラム教徒が多いということであれば、まずモスクがついてまわるが、ここ蘭州にも大きなモスクがある。西安の中心を成すのは中華風の鐘楼であり、仏塔だ。考えてみれば、長安が都だったのは唐代までで、それも1,000年も前の話だから、西安に西域の雰囲気を追い求めようとしても無理なのかもしれない。いわゆる玄関口、「とうとう西域に向かう」という雰囲気を味わいたければ、この蘭州に滞在するのが良いだろう。

 T165次(徐州で列車番号が変わった)は、ここ蘭州で機関車を電気機関車からディーゼル機関車に付け替える。併せて空調発電車という車両も新たに連結する。今までの区間は機関車から冷暖房用の電源を供電していたのだが、ディーゼル機関車にはその設備が無い為、発電車を連結するのである。
 相変わらず列車は1時間遅れていた。蘭州を出発してしばらくの河口南というところで、西域に向かう蘭新線と別れ、蘭青線に入る。蘭州は西域への入り口と書いたが、実はもう一つの「域」である「雪域」への入り口でもある。
 雪域とはチベットの事。黄河を渡り、ここから本格的に高度を上げていく。

次回は第二日 西寧編

mosque.jpg
蘭州のモスク

ss7e.jpg
SS7E型電気機関車 最高時速170km/h 速い

kd25t.jpg
空調発電車を連結する
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T164/165次 上海→拉薩~第二日 歴史都市西安なんですが..

愛と勇気のチベット鉄道告発第二弾。

 列車は第四番目の停車駅である徐州で隴海線に入った。隴は甘粛、海は黄海で、東の連雲港から蘭州を結ぶ、東西の大幹線だ。もっとも深夜の事であり、一々路線が変わった事を見届けるよりも睡眠時間の方が惜しい。定刻通りに走っていたなら早朝4時過ぎに第五番目の駅、鄭州に停車。南北の大幹線京広線との交差駅である。もちろん寝ることの方が大事だ。

 起きた時、丁度三門峡駅を通過。社会科で習った有名なダムがあるところ。周りは霧。深い霧。列車はノロノロ走っている。時計を見ると...どうも定刻より1時間程遅れて走っている。こりゃ次の停車駅西安の番線表示では「晩点未定」(到着時刻未定)だな、などと要らぬ事を考えながら、深い霧の向こうを見る。空には太陽が霧に煙って見事な赤い陽の玉になっている。最高時速160km/hを誇る25T型客車も、霧には勝てない。というより、先行列車に追突しないかと、危険な妄想。何をオーバーな、と思うかもしれないが、中国では鉄道が物流の主流。当然幹線はひっきり無しに列車が走っている。それも120~160km/hで走る旅客列車と、最高時速80km/hの貨物列車が同じ線路の上を5~10分起きに走っている。80km/hと160km/hで追っかけっこをしているのに、増してやこの霧だ。不安になるのももっとも。このノロノロ運転は先行列車が数珠繋ぎになっているからで、いくら信号があるからとはいえ本当に信頼できるのか?
 崋山駅通過。五岳の一、西岳崋山のふもとにある駅だ。天気がよければ見えるのにと思うと残念。
 渭水盆地に入って、急に視界が開けた。霧が晴れたのだ。すると、列車も調子に乗ったのかスピードを出すようになった。霧が晴れたのと先行列車の数珠繋ぎは、本質的に関係無いと思うのですが大丈夫ですか?

 11時、西安着。六番目の停車駅である。今更この街について語る必要は無いと思うが、一言で言えば、王朝の都。で、私なりにもう一言付け加えると..夢を壊していいですか?..田舎です。いや、都市そのものは小さくないし、陝西省の省会。まがりなりにも、西のローマ、東の長安であるから、人を引き付ける雰囲気はあるのだが、駅の雰囲気が湧き上がった心を気落ちさせてくれる。中国の駅は、京広線を境にして東と西では、その整備のされかたが明らかに違う。何なんだこの埃っぽい暗い駅は。10年以上前にも一度訪れた事があるのだが、全く変わっていない。いや、昔の中国の駅はみんなこんな感じだった。北京や上海などが綺麗に整備されたのであって、内陸まではその整備が届いていないのだ。
 一時間の遅れであったが、綺麗に規定の停車時刻12分を守った。隣のホームから西安発敦煌行快速が先に出ていったが、すぐに次の咸陽通過の際に追い抜いていった。
 西安を出ると進行方向左側には城壁が併走する。かつて中国の城市は何処も城壁に囲まれていたが、共産中国になってからは取り壊されてその外に街が広がっていった。が、ここ西安では今でも城壁が残る。変わりすぎた歴史都市の最後のあがきにも思えるのだが、京都が自らを破壊尽くしたのを思えば、まだ歴史の誇りを背負っているのかもしれず、何となく嬉しくなる。

 西安を出発した我が列車は息を吹き返した。飛ばせ飛ばせ~!!!やはり高速客車を利用した特別快車はこうでなくちゃいけない。ゆっくりごとごとの鉄道の旅情は別でやってくれ。オンボロ緑皮車(昔の中国の客車22型)の硬席にでも乗って華畜連中とバトッていれば、のんびりといつ着くか判らないような走り方をしてもらって構わないが、中国で最もスピードの出る客車に最高時速170km/hの旅客用機関車SS7E型が引いているとなれば、のろのろ走っている場合じゃないのだ。普通の快速が2時間かかる西安~宝鶏間を1時間20分で行った。平均速度が150km/hを超えているぜ!!気持ちいいぞ!ふははははは!!!!

 宝鶏を高速通過した列車は、天水への峡谷に入った。深い谷だがここを過ぎれば甘粛だ。

 昼食の弁当を売りに来た。一つ15元だと。最近の列車弁当ならこんなもんか。勿論食堂車で調理したもので、ワゴンに乗せて車内に売りに来る。しかし、幾ら軟臥の旅行客といえどもこんな高い弁当を買う人間は少ない。硬臥、硬座ならなおさらで、中国人は思った程には食堂車製の食事をしない。どうしているのかというと、予め乗車駅や町で買った食糧(男性は主にカップラーメン、女性は惣菜や果物など)を食べている。結構つつましい。このように見ると、車内製の食事は相当に贅沢なのが判る。自分達のように当たり前に食堂車で食事など、一般の中国人は馬鹿馬鹿しくてしないか、したくても出来ないのだ。そりゃ一食で毎回30~40元など普通は払える訳が無い。確かに食堂車で大宴会をしているグループもいるが、そのような中国人はごくごくごく一部の階層であることは、現在の中国の鏡として認識する必要はあるだろう。

 と、言っても腹は減る。プチエセブルジョワもどき日本人を振りかざして、昼食も食堂車に行った。

二日目後半に続く

sun.jpg
霧の向こうの太陽


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西安駅の物売り


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西安の城壁


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二日目の昼食(食堂車にて)

T164/165次 上海→拉薩~青蔵鉄路の第一日

今年の夏に発売された青蔵鉄路(通称チベット鉄道)の紹介本である「天空列車」。多分日本語で書かれたチベット鉄道を専門で記した本としては唯一と言ってよい。雑誌「旅行人」に寄稿された記事を本として再度まとめあげたもので、写真も多く載っていて見ていて非常に面白い。著者は日本のチベット旅行家としてそこそこ名が知れた方だと記憶しているが、そこに書かれた列車の紹介内容と「天空列車」の名づけ親とかで出ている阪急交通社の担当者が、中国鉄道そのものについての理解が足らないようで、その一部太鼓持ち記事を信用していったら、現地でクレームを起こす方もおられるに違いない。紹介本としてのレベルは高いだけに、裏で商売の匂いがするのであれば、多少なりとも中国国鉄(酷鉄)に乗車してきた者の目で見た、正直な(無修正の)「天空列車」のご紹介をここにさせていただこうと思う。

中国を旅行する上で最も良い季節は、個人的には国慶節明けの10月中旬~11月だと考えている。理由は、何処の観光地も比較的人が少ない事、そして何よりも東北地方を除いては気候に恵まれる可能性が非常に高い事である。北京秋天の言葉を待つまでも無くこの季節は晴天に恵まれる事が多い。気温も概ね0~20℃位で、多少厚着をすれば待ち歩きにもさして影響は無い。つまり、特に自然系の観光地であれば、絶好と言える時期なのだ。今回9日間の滞在で太陽が出なかったのは、2日目の西安付近と7日目の成都の午前中のみ。あとは太陽に愛でられながらの旅路であった。

上海浦東空港で手配会社より鉄道切符とチベット入境許可証を受け取った私たちがまず向かったのは、新天地。旅の相方のT氏がどうしても上海蟹を食べたいとの事。私は蟹を食べる習慣は無いのだが、シーズンでもあるので了解した。訪れた店は、彼が以前入った事のあるレストランなのだが、明らかに門構えが違う。彼は日本人の感覚丸出しで中国語が出来ないので、日本の感覚で物価計算をするのだが、それでも陽澄湖産の保証があるといっても150グラムの雄蟹で一パイ3,000円は無いんじゃないか。到着日の昼食から357元(1元=約15円)とは、上海の感覚では理解に苦しむ。

晩、上海駅へ。今回は軟臥を利用するので軟席待合室を利用する。最近成金中国人が軟臥をやたら使うので、この待合室の価値も下がった。丁度北京行の軟臥専用列車が5本走る時間帯なので、その客で待合室は大混雑。中国では列車ごとに待合、改札を行うが、私たちは軟臥だからここ軟席待合室からゆったりと改札...と余裕をかましていたら、あろうことか硬座や硬臥の連中と一緒に改札だと言う。軟臥の価値もクソも無い。そちらの待合室に行ってみたら、お約束の大混雑。切符のチラ見をすると、硬座組は必ずしもチベットへ行く訳ではなく、途中の鄭州や西安までの乗客が結構いる。イスラム帽をかぶった集団などは、間違いなく蘭州で降りるのだろう。蘭州までは約20時間。硬座に座りっぱなしで頑張って下さい。寝台に慣れきった私には、硬座で夢を見るなど不可能です。
 19時20分改札。相変わらず並ばない、割り込み上等の原始人集団だ。硬臥であればこれも当然だと割りきっているが、今回は軟臥切符を持っているだけに腹が立つ。
2番ホームに横付けされた、我が列車は深緑色に黄色二本線の25T型客車。高地走行用の特別車両だ。我々の車両は6号車で隣は食堂車。寝台の客の中には記念写真を撮る輩も多い。
20時8分、T164次拉薩行、定刻通り出発。一路西へ。4,373kmの旅路の始まりだ。

早速食堂車へ。列車の所属が上海鉄路局なので多少の不安があったのだが、案の定予感は的中した。印刷された綺麗なメニューがあなたを待っている、などと書いているのは何処のどいつだ。紙に殴り書きの、観光列車にあるまじき菜譜(メニュー)。しかも麻婆豆腐22元て何だよ。このボッタクリ列車食堂に3日間程世話になるのかと思うとブルーになった。
この国の食堂車で作りたての温かい食事が出るのは至極当然。問題は味なのだが、「天空列車」の著者は中華料理を食べた事が無いんじゃないか?百歩譲って、彼らが乗車したのは青蔵局と成都局の列車であるし、特に成都局の料理は評判が良いが、記事だけ読んだらどの列車でも同じように「手間暇かけた街中で食べるのとは遜色無い、またはそれ以上のバラエティが楽しめる」と思ってしまう。中国酷鉄でそんな事は滅多に有り得ないのは極めて常識で、煙草の煙もうもうのガス室のような食堂車が大抵食事客を待っている。一応車内には禁煙マークが貼ってあるのだが、食堂車の従業員からして率先して煙草を吸ってるのだから救いようが無い。
 
第一の停車駅は無錫。第二の停車駅南京を出発すると、列車は徐々に高度を上げる。道路が近づいてきて上に覆いかぶさった所で南京長江大橋。相変わらずビッグスケールの橋だぜ!橋を渡り終えたのを見届け満足した私は、床についた。

上海駅待合室
上海駅待合室

上海駅のT164次
上海駅2番ホーム

T164次サボ
上海-拉薩 T164/165次

今夜のところはこれで勘弁-玉珠峰

友人各位

青蔵鉄路 T164/165次 上海→拉薩道中記は、サイト制作屋の責務として専門Webサイトを後日作成します。
取り合えず、今夜のところは以下の写真で勘弁してください。



玉珠峰(標高6,178m 崑崙山脈の名峰)
~玉珠峰駅付近の車窓(標高4,195m地点)

もっと強烈な写真もあります。こんなの見せつけられるとポタラ宮などかわいいもんです。それはそれで見事なんだけれど。

神戸移民センター

 神戸の観光地と言えば北野の洋館群です。県外からの観光客は大抵ここを訪れるでしょうし、神戸のイメージポスターはポートタワーとここ(特に風見鶏の館とうろこの家)というのが定番です。横浜同様かつて海外への玄関口でありましたから、洋館が多いのは当たり前。また、各国料理が大阪と比べても多いような気がします。中華料理は有名ですし、ロシア料理とかスイス料理とかいうのもあります。インド料理屋も三宮と北野で私が知ってるだけで5軒もありますから、相当なものでしょう。
 このように往時を偲ぶ遺構は多いのですが、どちらかというと派手ではない、表に出てこない、観光客が殆ど訪れる事のの無い「遺構」もあります。それが「旧神戸移民センター」です。
 
 山本通から再度山へ向かう交差点の際に、「旧神戸移民センター」はあります。移民とは主に「ブラジル移民」のことです。
 まだ日本が貧しかった頃に神戸からは南米への移民船が出ておりました。当初はアメリカであったのですが、アメリカが移民を制限してからは(と言っても20世紀の早い頃)、南米、特にブラジルへの移民が国策で進められ、日本全国から多くの人々が、開墾地を与えられるという触れ込みで太平洋を渡りました。戦前の一時期は満州移民もありましたが、戦後の移民船は再度ブラジルを目指す事になります。このブラジル移民が終了したのが1973年3月。時代がかったこの施策もつい30年ほど前まで続けられていました。
 この移民船に乗る人たちがまず集められたのが、神戸の移民センターで1971年まで使われました。ここで約10日間、簡単なポルトガル語の学習や手続きを行った後、鯉川筋を降り、メリケン波止場や新港埠頭から移民船に乗って旅立っていきました。

 現在では簡単な資料館のようになっており、移民の歴史を俯瞰する事が出来ます。往時の写真もあるのですが、センター内の宿泊施設は病院のようなパイプベッドが並べられてあまり環境が良いとは言えず、相当の苦労があった事がこれだけでも判ります。移民船の船室も同様で、快適とは言えないであろう船旅はどんなものであったのでしょうか。置いてある雑記帳には昨日今日の日付で「このたび、何十年ぶりかに祖国を訪問することに相成り、まずこちらに寄せさせていただきました。出港時を懐かしく思い出しました」などの文もあり、港町神戸の顔とその歴史を実感させてくれます。

 神戸の港町としての歴史に興味がある方は、こちらを訪れてみるのも興味深いかもしれません。

 横浜には無くて今も神戸にあるもの、それは外国への定期客船航路です。今もこの町には外国が息づいています。

旧神戸移民センター
三ノ宮駅、神戸駅、新開地等より市バス7系統「山本通3丁目」下車
 

チベットへGO!

 上海ノ旅行社ヨリ連絡有リ。
 「T164次 上海→拉薩 軟臥ヲ以テ押サヘルヲ可トス」
 漸ク実感コモレリ。
 我、高度5000mノ世界ヲ最良ノ景色トスルヲ期ス。

仕事、仕事、仕事、家でも仕事(爆)

ふと生活を見返してみると、四六時中キーボードを叩いて何かを作っている。最近請け負ったプロジェクトは、プロデューサー1人、ディレクター兼デザイナー兼コーダーで1人の計2人で進めているのだが(勿論私が後者だ)、会社にいるとこの仕事が前に進まないので、家に帰ってピコピコ作っている。題材自体は楽しいのでその事が救いだ。が、プロデューサーはこちらの方面はシロウトさんだから、「これお願いしま~す」などと気楽に持ってきてくれるので、時間がいくらあっても足りやしない。
 結局24時間、食事と風呂とトイレと通勤時間と睡眠時間以外はDreamweaverやPhotshopやFireworksと睨めっこだ。これからFlashを触らなくちゃいけないかと思うと、さすがに気が重くなる。まったく上達させてくれるぜ!!!感謝するわ、あの会社(狂)。

成都から連絡があり、T8次の硬臥切符が取れたとのこと。あとは上海からのT164次だけだが、まあ問題は無いだろう。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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