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1995年 カラチ行

 まさかカラチに行くことになるなんて夢にも思っていなかったぜ!

 シルクロード~カシュガルからパミール越えをしてパキスタンに入国、先週はパスーやらギルギットやらでぐうたらしてたんだ。ウルタルとかシスパーレとかナンガーパルパットなどのヒマラヤの端っこの山を見てウダウダしてたのは良かったんだが、山を降り、ラワルピンディに辿りついたら一気に体がおかしくなった。体がだるい。熱も高い。倦怠感で体が動かない。ベッドから動けない。

心当たりはあった。

 パキスタンに来てから生水をがぶ飲みしてたのさ。中国で自分の胃腸の強さを思い知ってからは、ミネラルウォーターを買うのがバカバカしくなっていた。パキスタンの食堂は有難いもので、何処に行っても大きな甕に冷たい水が飲料水として用意されている。さすがに中国では生水を飲んでいる現地人はいなかったが、パキ人は食堂の甕の水をごくごく飲んでいるじゃないか。なら、多分俺でも大丈夫なハズだ。並みの日本人とは鍛え方が違う...、と過信してたのがいけなかった。先週上の方でだらだらしていたから、連日の疲れは取れている。確かに夜行座席バスで山を降りてきたが、一晩くらいはどうってことない。とすれば、もうこれは水にやられたとしか考えられない。
 そんでもって食事が合わない。カレーしかないんだよ。最初の一週間はそれで良かったが、こうも続くと見ることは勿論、匂いを嗅ぐだけでも嫌になってくる。体が拒否反応を示すんだ。つまり食事を取ろうという気にならないから、絶不調の体にはますますいけない。早いところこの国を脱出しなくちゃなんないぜ。東に行けばインド、西に行けばイラン。インドに行ったら同じ食い物しかない、ってことは、余計体を悪くする。かと言ってイスラマバードのイラン大使館ではビザ発給に一ヶ月かけるんだと。まあ、今はパキとイランは仲悪いからな。デリーまで行けばイランビザが手に入るらしいが、またパキに戻ってこなくちゃいけないし、何よりの原因は食事なんだから、インドになんて行ってらんないぜ!

 こりゃイスタンブールに飛ぶしかないな。

 で、街のPIA(パキスタン航空)のオフィスに行ってきたが、週2便運行でしかも3週間後まで満席だと。ふざけんじゃねぇ。オフィスの隣に旅行代理店が入っていたんで、他の航空会社を聞いてみたら、最安値がクゥェート航空利用の往復で45,000円くらいだと言う。いや、こっちは片道が欲しいんだ。第一そんなに金が無い。人助けだと思ってトルコ航空に電話してくれよ。

 「OK!No problem!」
 出たな。それを言っちゃあおしめえよ。こいつらのノープロブレムは8割方デマカセだし、口癖みたいなもんだから期待していないけどな

....

 なんだと?来週火曜の席があるって?Oh!そいつはエクセレントだ。3万円ほどか。まあいいや。金を作ってくるから予約してもらっていいか?ん?カラチ発だと?しかも深夜3時半発だぁ?

 おいおいカラチはやばいぜ。
 アンタんとこの新聞でカラチの見出しがつく記事は、原理主義者のテロのニュースばかりじゃないか。今年に入って外国人が35人も殺されたってこないだの新聞に出てたっつうの。この前も急行列車が襲われてるじゃないか。俺の国の外務省が渡航自粛勧告ってヤツを出してる街だぜ。無茶苦茶ヤバイよ。行って何かあっても「アイツがバカだった」で終わっちまう。俺は善良な旅行者だし行きたかないよ。ホントにカラチからじゃなきゃだめなのか?そうかそれしか無いのか。まあ覚悟は何処かで決めなくちゃいけないからな。そこからしか出られないのなら仕方が無い。

 なあ、アブドゥル。来週カラチに行くことになったんだ。列車で。いや~怖いよ。マジで怖い。でもしょうがない。飛行機の国内線を買う金が無いからね。え?切符を買ってきてくれるって?このホテルではそれがアンタの役目だってか?手数料は?タダ?いやあ助かるよ。何処までもサービスのいいホテルだな。一泊180円だけどサービスは5つ星だよ。体が動かないんでどうしようかと思ってたんだ。アンタと俺はトモダチだからな。俺はこの国の人達が大好きさ。

 あ~ん?寝台が2週間後まで売り切れだって?2等座席しかないのか。何処までもついてないな。座席で24時間か。仕方ない。わめいても寝台が出てくる訳じゃないしな。いいよそれで。ありがとう。助かったよ。
(続く)
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地獄の日々復活

 自分で注文をしておきながら、心の何処かで「届かなきゃいいのに」と思っていた「ビリーズ・ブート・キャンプ」が、今日届いてしまった。先週テレビデオに詰まった為に続ける事が不可能になったのだが、今日届いたことによってまた再開する事になってしまった。しかもビリーバンド付きだ。

 会社帰りにジムに行っている同僚たちを何処かで冷笑している性格悪い自分がいるのは事実だ。高い会費を払って週に1回とかジムで体を動かすよりも、この殺人プログラムで毎日強制的にしごかれる方が体に効くのではないか。ジムに行こうと思うくらいの人なら、毎日一時間、この鬼教官に付き合えるだろうに。体力勝負で「気合いで乗り越えろ」とか言い放つビリー・ブランクスのこのシゴキは、日本人には意外と合っているのではないかとも思う。日本人てこのテの「俺を信じろ」みたいな人に弱いからな。

 日本語版はキャッシュバック後でも一万円近くもするので、アホらしくて英語版を4,000円ほどで購入した。全ての英語は判らないが、壊れる前の日本語版で流れは判っているし、どうせ「グッジョブ」とか「カウントイット」とか「ワンモアタイム」とかしか言っていないから、別に問題ない。

 そんな訳でまた地獄の日々が復活した。

 Kさん、DVDは問題無く再生出来ました。

お茶トモダチ

 茶の文化圏を言語的に分けるとするのなら、「C」で始まる茶と「T」で始まる茶の違いです。「茶」「茶水」「Chai」等が「C」の文化圏。これに対し「T」で始まる文化圏は「Tea」「The」「Tei」など。どうでしょう。印象でざっくり言うのなら、「C」文化圏はアジアであり、「T」文化圏はヨーロッパと言えるのではないでしょうか。
 「C」は元々広東方言で、マカオからポルトガルによって世界に広められたと記憶しています。但し日本は除く。それに対し「T」は福建方言であり、厦門(アモイ)からオランダによって世界に広められたのではなかったか、と思います。どちらにしても大元は中国であり、ヨーロッパ人によって世界に広められました。
 沢木耕太郎の「深夜特急」の中で、「チャ」の文化圏と「ティー」の文化圏の境目はトルコだ、というくだりがあったかと思います。なにぶん遥か昔に読んだので、記憶違いであれば訂正をいただきたいのですが、トルコの老人が出てきて「君の国と私の国はチャとチャイで同胞だ」みたいな事が書いてありました。私がかつて東から西に旅した時、この事を実感した覚えがあります。実際は、ギリシアや東欧も「C」なのですけれど、そちらに行くと一般的にはコーヒーを飲んでしまうので、「チャ」の実感が無いのです。ちなみにギリシアの飲み物はあのどろどろとした「トルココーヒー」ですが、トルコで「トルココーヒー」を飲むことはまず有りませんでした。トルコは何と言っても「Chai」であり、リゼ産の紅茶は特に有名。それに対しイタリアより西は「T」の国となりますが、ヨーロッパ大陸ではコーヒーが幅を効かしているので、まず茶を飲もうということにはなりません。いや、イタリアやフランスのカフェにはちゃんと紅茶を置いていますが、エスプレッソ(エクスプレス)を飲むのが普通なので、お茶の文化圏に染まりたいと思えばイギリスに渡る事になる。イギリスは勿論「T」の国ですから、東から来た人間には異文化圏という訳。トルコ、特にイスタンブールはアジアとヨーロッパの交わる都市とか言いますが、延べ一ヶ月程滞在して思ったのは、トルコはやっぱりアジアかな、ということ。民族の出自がモンゴル~中央アジアだしね、などということは宜しい。街を歩いて見ればアジア的な不思議な安心感があります。そこで飲まれているものは我々と同じ発音の「Chai」。無意識の内に同胞意識を感じるのかもしれません。

 イラン中部の都市イスファハンの最大の見所は「イマーム広場」。かつて「世界の半分」言われたこの美しい街の大広場の北側の一角に、チャイハネがあります。ここの2階のベランダのような空間では、イマーム広場を目の前にして「Chai」を飲むことが出来ます。この店はガイドブックで紹介されるような有名な店だと知ったのは日本に帰ってからで、その時はそんな事も知らず「いい店だな」とか思いながら紅茶をすすっておりました。イスラムの貴族?が書かれたポットと、グラスに注がれた紅茶。西アジアの紅茶は陶器のコップではなくグラスに注がれて出てきます。そこに角砂糖2つが私の定番で、この甘すぎる紅茶が乾燥した空気と疲れた体にとても良く効くのです。当時はまだ煙草をやっておりましたから、これもまたイスラム世界の楽しみの一つである水煙草に手が出ます。特にアップル風味が宜しい。愛煙家の方は判るとその感覚が判ると思いますが、水煙草にはキャスターマイルドやメンソール煙草のように、味があるのです。水煙草は結構キツイもので、しかも口で吸うのでは楽しめない。深呼吸をしないと吸った感覚が無いのですが、普通の紙巻と比べて吸い始めは軽くてもの足りないものの、吸っている内にじわじわと効いてきて、吸い終わる頃には煙草酔いを覚えることもあるのです。
 煙草はやめた方がいいに決まっていますが、今後このエキゾチックな水煙草を体験出来ないのは、それに関してだけ言えば残念でもあります。

画像がアップしない

どうもブログサーバーの調子がおかしいようで、写真が反映されません。
いや、特別大きなサイズをいじくっているのではなく、1.2kbとかの画像もアップしないので、サーバーの不具合としか言いようがないように思います。
こんな訳ですから、表題下の写真も本来出てくるハズが出てこない。どうもFC2ってサーバーのパワーが足らないような気がするんですよね。
まあ最近のブログって画像がアップできなきゃ意味無いし、この時間(1時過ぎ)て何気にピーク続いているんだろうな。

まず22~23時にアップしようと思っても、全く対応してくれません。

ビリーズブートキャンプが取り出せない

 ショックなことに、去年会社の同僚から譲ってもらった「ビリーズブートキャンプ」のビデオ版をセットした瞬間に何故かプレーヤーが壊れた。まあ大学時代に買ったテレビデオなので、そろそろ寿命かなとも思っていたのだが、お陰でビリーも取り出せなくなり、こちらは困る。再開して2週間程、丁度ノッてきたと思ったところなので、止めてしまうのはもったいない。
 ということで、改めてDVD版を購入することにした。前のはタダだったのでビリーバンドが無かったのだが、今回併せて手に入れるので、効果倍増。
 テレビは、見るだけなら問題ないので、もう少し粘ってどこかのタイミングで液晶かプラズマに買い換えることにする。

ビリーが流行遅れだって?運動なんて基本は変わらないんだから、時代遅れも関係ねェ。

ヴィクトリ~!

四川地震~揺れた天府之国

 災害に運が良かったとか悪かったとかは無いのですが、地方で起こった地震がなおのこと被害を大きくしているようです。あちらでは田舎の中小の都市でも日本の大都市並の人口があったりするので、日本の中小都市と同じように考えてはいけません。日本で起こる同規模の地震よりも被害は大きいハズです。
 早速温某が四川に向かったようですが、この人、今年の大雪春節の時も広州駅頭で「帰省するのは諦めなさい」とかを帰省が唯一の楽しみである出稼ぎ労働者連に言ってましたから、今回の現地慰問も実態は?
 成都、重慶は陸の孤島になってしまった模様。一刻も早く復旧するのを願うばかりです。

 しかし、北京、上海でも揺れたとの話は本当か?東京の地震で台北が揺れるようなもんですが。

気分転換に

当ブログ開設以来、外観(スキン)を変えずにきましたが、題名が「世界の街」の話だったことに気付き、「世界の街」からみのレイアウトを変更してみました。勿論管理人オリジナル写真。
折を見て所蔵の写真をアップしていきますので、楽しんでやって下さい。

長州のお膝元~萩

 私は史学専攻出身でありますが、史実は別として物語として大いに興味を持てる時代があるとすれば、多くの人がそうであるように幕末から明治維新にかけてです。
 新撰組の理念がどうであれ、実際にやっていることは暗殺集団ですし、長州も薩摩も虐殺まがいの事をやっています。大政奉還から維新に至るまでに多数の英傑が出てきますけれど、幕府が倒れる契機となったのは黒船来航に因るところが非常に大きいと思ってます。けれどそんな事を言っても面白くない。いつの世にもある「娯楽」という面からすれば、単純にこの時代の物語は非常に面白いのです。
 
 私はここ数年、ゴールデンウィークは国内を旅行することと決めています。昨年は会津~磐梯~蔵王~山寺~松島と周りました。ここで初めて幕末の片方の主人公である会津を訪れることが出来ました。京都にしばらく住んでいたので、幕末関係の遺構に触れる機会が多く、守護職会津と新撰組vs長州の見所とストーリーは頭に叩きこまれています。戊辰戦争で薩長がここまで攻め込んできたのかと思うと感慨深いものがあり、実話でも徹底的に打ちのめされたようで、白虎隊の悲劇を持ち出すまでもなく、鶴ヶ城の解説では特に京都でやり合った長州に対するある種の感情が連ねられています。まあ悲劇の会津ですね。

 今年のゴールデンウィークは萩~秋吉台~津和野を訪れました。特に昨年の会津との対比を見てみたかったので、萩行は楽しみにしておりました。
 山口駅から路線バスで訪れた萩の町は、想像以上に小さく日本の典型的な地方都市でありました。ここから松蔭門下の高杉晋作、木戸孝允、伊藤博文、山田顕義、山県有朋などが出たと思うとこれもまた感慨深い。三方を山に囲まれ日本海を背負うこの街は天然の要害ありますけれど、名門毛利の城下町としては、失礼ながら地味な所に思いました。で、レンタサイクルで待ち巡りをする訳ですが、松下村塾は勿論のこと、木戸や伊藤の家などがそのまま残っておりまして、その時代に興味を持つ人にはたまらない。また非常に有り難いことに、入場料が200円とか100円とかタダとかそのような所ばかりで、非常に観光客に優しい街なのです。レンタサイクル1時間150円など、ボランティアかと思いました。で、肝心の会津との対比ですが、これが全く無いのです。「勝てば官軍」とはまさにこのことでしょうか?少なくとも見所は一通り周った筈なのですが、会津の「あ」の字も無い。会津では長州がどうだとかいう解説はあるのですが、ここ萩では戊辰戦争の話さえ全くなく、僅かに鳥羽伏見の戦いが出てくるばかり。あとは桂がどれだけすごかったとか、明治の日本に長州人がどれだけ影響力を持ったとかそんな話ばかり。萩の友好都市申し入れを会津若松が蹴ったなどという話がつい20年ほど前まであったくらいで、萩は何とも思っていなくても会津は今でも何とやら、というのがいくらかはあるようです。
 
 何はともあれ今回の萩と、ここでは書きませんでしたが津和野の訪問は、久しぶりに「日本の風景」を訪れた気がして楽しかったです。

●おまけ
秋芳洞のスケールは半端でなかった。こちらも必見でしょう。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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