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十二月十四日 その時赤穂は!

 今日は12月14日。南部坂 雪の別れです。で、本日深夜、正確には15日未明は吉良邸へ討ち入り。実際は旧暦ですけれど、細かいことは言いっこなし。と言う事で、自分の中では意外にも訪れたことの無かった、赤穂へ行ってきました。
 勿論忠臣蔵のストーリーは頭に入っており、ドラマや小説のイメージで街が出来上がっているところもあるので一体どのようなところかと楽しみに向かいました。神戸からなら播州赤穂まで新快速で一本ですが、ガソリン代も安くなったので車で西へ。姫路からすぐかと思っていたのですが、結構ありますね。道路が空いていたのが幸いでした。姫路には一年に一~二度くらいは行きますけれど、そこから先になると岡山に行くのでなければ行かないので、距離感が掴めない。

 丁度「義士祭」というお祭りをやっており、四十七士の仮装行列とかをやってました。行列には「名士」が出てたみたいで、「市長!」とか、「教頭先生貫禄あるね~」なんて掛け声がかかっていて郷土色満載でしたが、僕はこういうの嫌いではありません。日本らしくて大好きです。実際お客さんも多く訪れており、忠臣蔵好きにはある意味聖地ですから、好きな人にはたまらないのではないでしょうか。
 赤穂城は明治時代に取り壊しがされてしまって、今目にしているのは復元されたものらしい。でも見る限り平城としては結構大きく、往時はかなり立派だったろうと推測されます。今は三の丸であったところに住宅や畑がありますけれど。大石内蔵助の長屋門も残っていました。
 本丸跡には地元の小中高生が作った行灯がありました。習字の授業で書いたものを行灯にしています。すごいですね、この教育の仕方は。
習字の授業で義士教育。すごい。
 小学四年生が「討入」とか「義士」とか書いているんです。普通小学生の書く文字ではありませんが、ここは赤穂。郷土の歴史をこのように教え込んでいるとは!...何故か「清水一学」とかいうのもありましたが...。思いっきり敵方じゃないですか。さすがに「吉良」とか「上野介」いうのは無かったですけど。
 また忠臣蔵に関係する市町村がブースを設けて特産品を売っていました。瑤泉院生誕地の三次とか大石りくが返された実家のある豊岡、果ては遠く米沢(上杉綱憲の国許)まで。でもやっぱり本家愛知県吉良町のブースはありませんでした。あったら面白いのに。

 ちなみに吉良町では今日は吉良上野介法要日。
 ↓吉良町ホームページの案内が泣けてきます。頑張れ吉良!
 吉良町ホームページ

※掲載の画像は一部修正をしています
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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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