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野球祭り

 野球を国技だと思っている私が今回のWBCの連覇に涙を流さない訳が無いのですが、これまでこの場で書いてこなかったのは、今更ながらに自分の感情を吐露する必要も無かろうと思ってのことです。決してサッカー愛好の方と議論を避けるが為ではありません。
 原監督で優勝して良かったです。星野監督でなくて良かった。王さんの後ですからプレッシャーも相当だったでしょうに。コメントで「私はプレッシャーに強い」とありました。確かにそうと認めたいのですが、巨人の4番として大事な場面で打てなかった記憶が数多く残る人なので、このコメントには思わず首をかしげかけてしまいました。まあいいですけど。どうしても現役時代のイメージがかぶってしまうのですが、最近言われる通り監督としての貫禄も出てきました。巨人の監督なんでけなしたくなるんですが、その考え方とかコメントを聞いていたら、ひょっとしたら大監督と言われるような人になるような気もします。往年の巨人の選手の中では篠塚、クロマティと並んで好きな選手でしたけどね。前二人と比べてチャンスに弱かった気がするんですけど。あ、これ、巨人論で一本語れそうですね。「アンチ巨人から見た好きな巨人選手」。ああ止まらなくなる。

しかし

今度の大会でそれとは別に首をかしげたくなることが。

岩隈の快投。この人はやっぱりすごいです。去年の最多勝他投手の栄誉を総ナメ。近鉄の時からすごかったので今更に騒ぎ立てるレベルでは無い。でも所属チームは5位。
近鉄時代にオリックスとの試合を見に行ったことがあります。初回に5点取られたのですが、終わってみれば何故か勝ち投手。この年開幕から12連勝。凄味があった。確か近鉄最後の年だったっけ。記憶違いならすみません。うーむ。

本塁打王村田、首位打者の内川。今度の日本チームでも主軸。でもチームは昨年ぶっちぎりの最下位。三冠王落合のロッテも弱かったのを今でも覚えています。ちなみに当時のロッテのエースは村田兆治。これも今思うと不思議ですが、去年の横浜は犯罪級でしょう。普通チームで打撃の二冠を取っていてあの負けっぷりは想像し得ません。

今回のWBCの祝杯の陰で、選抜甲子園で神奈川の慶応がひっそりと負けていきました。うーむ。

 今年も野球の季節がやってきました。本拠地をスカイマークスタジアム&甲子園から神宮に変えてシーズンを楽しむことにしましょう。東京ドーム?別にいいんですけど選手までが遠いんですよ、ドーム球場は。それと神宮ならふらりと行っても券が買えそうなんで、そっちの方がきままでいいです。
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九段下の駅を降りて坂道を、人の流れ追い越してゆけば

 九段下から靖国神社へ行く途中、北の丸公園に日本武道館が見えます。昨日そこを歩いていて、昔自分にとって「東京」の歌と言えば「大きな玉ねぎの下で」だったことをふと思い出しました。僕の実体験では全く関係無い世界だったんですが、好きでしたね~この歌。年バレますけど。
 新宿でも渋谷でも無かったんですよね。九段下の駅を降りて坂道を、だったんです。

雨の靖国神社に思う

 靖国神社が右翼の総本山的に思われるのは少し違うように思います。
 ここは戊辰戦役以降の国が関わった戦争の戦没者が祭神とされていて、一応そうなっているのですけれど、この理屈にも穴があるのはよく言われるところです。
 靖国合祀については色々言われますが、私はこの神社に於いて最も参拝に来るべきと期待されていた人=昭和天皇が合祀によって参拝しなくなったことが、この問題の一つの答えでは無かろうかと思うのです。
 東條由布子さんが合祀の論陣を張るのは十分に理解出来ますが、第三者的立場からみたらそろそろ現実的な答えを出してもよいのではないでしょうか。神社自体は神社本庁とは関係なく、天照大神ではなくて戦没者が神様で、神社とは名乗っているものの実態は政治団体のような気がします。戦前は軍部の保護下にあった訳ですし。ただ、冒頭に書いたように右翼的な結社とも少し違うように思います。

 右翼と左翼とはそもそも何でしょうか?日本ですとおおむね、右翼とは「反共。万世一系の天皇を中心とした国体を建設し、アメリカから押しつけられた憲法を廃して自主憲法を制定しよう。神国日本の復活だ」まあこんな所でしょうか。それに対して左翼は「労働者階級による社会主義又は共産主義を基本とした国家の建設。反戦平和。憲法9条の維持」。こんな所ですかね。そもそもこの右翼とか左翼という概念がもとより他国の右左翼と異なっているので少しややこしくなります。この言葉が出来たのはフランス革命時ですけど、この時代にはまだ社会主義とか共産主義とかいう概念はありません。右翼とはそもそも旧体制維持の王党派であり、左翼とは人民主権の合議制社会の確立を主張するもの。こういう意味でいけば、アメリカ社会とかは左翼思想の一つの形ではないでしょうか。左翼が戦争反対などと言っているのは日本が特殊なだけであって、ソ連や中国を見ればそもそも全く関係無いのはすぐに分かります。
 話を戻します。
 これらの左右陣営の思想と靖国神社の考え方は、そもそも大部分に於いて関係が無いことが分かってくる訳です。つまり「戦没者慰霊」と「戦争反対」はそもそも全く別物でしょうし、天皇万歳とも本来は違うもの。ただ、日本右翼が天皇万歳に絡めて先の戦争を正当化しがちなので、その部分は共通する靖国神社が総本山的に思われる訳です。だから靖国神社参拝反対と唱える=左翼というのも嘘です。
 戦没者慰霊という思想は間違っていないとは思いますが、そこに先の戦争を美化する考えが伴うのと、戦犯合祀が問題な訳ですけれど、この事は本来右とか左とかそういうものとは関係ありません。日本の右翼でも太平洋戦争は間違っていたという人はいます。

 いずれにしても、日本の為に死んだ英霊に敬意を払いましょう=太平洋戦争を不義の戦争と片づけるのはおかしい、とは言うものの、肝心の天皇が来ないのですから、これがこの神社の現実的な立場であり、その思想の正体であるように思います。

 今日靖国神社を訪れたのは、つい先頃東京の桜の開花宣言がこの神社の桜で行われたので、どんなもんかと単に桜を見に行っただけのですけれど、雨にも関わらず結構人は来ていました。特に若い女性が多く来ていたのが印象的でしたね。靖国神社の思想の集結である「遊就館」。ここは日を改めて必ず行きます。勿論思想家ではなく科学者としての立場でいくのですが。

 懲りずにここへもバスで行きました。途中の市ヶ谷の防衛省は本当に日本を守る組織として機能しているのでしょうか?こちらも疑問に思います。

 ま、今日見た中でもっとも印象的だったのは九段会館。日本遺族会が運営しているホテル兼結婚式場兼集会場です。戦前からある建物で元は軍人会館と言いました。二・二六事件の時に戒厳司令部が置かれたところですね。帝冠様式という建て方らしく、石造りの建物の上に櫓みたいな建物がそびえています。以前名古屋の市役所でも同じようなのを見ました。長春にある吉林省共産党委員会とも同じ形。あちらは旧関東軍司令部をそのまま使っているもの。こんな建物が東京にも残っているんですね。知りませんでした。

●靖国神社
高71系統(高田馬場駅~九段下)にて「九段上」下車
他、飯64系統(小滝橋車庫~九段下)にて「九段下」下車など

歌舞伎町には20代と外国人しかいない

 仕事はあまりにも暇だったので、ほぼ定時に会社を出た。取りあえず新宿東口の紀伊国屋へ行って適当な本を手に入れたあと、歌舞伎町の方へ向かった。歌舞伎町って言ったって飲み屋や遊び場しか無い訳じゃなく、一応一人で食事が出来る店もある。
 この界隈、夜の8時手前だけど、歩いているのは20代前半と思われるヤツらか外国人しかいない。新宿というところは、駅周辺や伊勢丹あたりならそれなりに年配の人が歩いているが、基本的には20代の街らしい。いや全く中年の人が居ない訳ではないのだが、それ以上に若者が騒いでいるのだ。これが渋谷に行くと更に若くなる。だから渋谷には出たくない。歌舞伎町でさえしんどいですから。うーむ、自分も年をとったか。
 夕飯をとったあと地下鉄の駅まで行くのが面倒だったので歌舞伎町バス停からバス。都合のいいことに家の近所まで行く系統がある。新宿駅から目白の方に向かうのに何故か文京区を通るという大回りバスであったが、新宿区の地下鉄の無いところを選んで通る系統で需要が多いらしく、結構込んでいた。牛込のはじっこの方で一旦空いたのだが、椿山荘でまた混んできた。言うまでもなく椿山荘は東京でも名門のホテルに入る。今はフォーシーズンズが仕切っているらしいので、相当なんだろうな。ここ目白台まで来れば家が近い。歌舞伎町から30分で近所のバス停に到着。

 でも新宿のうるさいトコは新宿三丁目近辺までということを知りました。

●歌舞伎町
白61系統(新宿駅~練馬車庫)にて「歌舞伎町」下車
他、宿74系統(新宿駅~東京女子医大)、宿75系統(新宿駅~三宅坂)

池之端そぞろ歩き

 ヨーロッパを旅する際にキリスト教やギリシア神話の知識があると楽しみが倍増することは以前に書いた。基本的に教会や美術館を巡る旅となるため、その題材となる聖書やギリシア神話のストーリーを知っているとその意味が分かり、より有意義な旅となるはずである。
 東京も似たようなことが言える。勿論宗教の話では無く、歴史(これは日本の何処でもそうかもしれない)と近世以降の小説、特に明治から大正に書かれた小説の知識があるとより楽しめるのではないかと思う。

 池之端は東に不忍池、西は無縁坂を登って東京大学を臨む地域である。北から降りてきた上58系統のバスは、池之端二丁目を過ぎると左手に不忍池の見通しの良い景色に出会う。東京都心はビル街のイメージがあるが、たまにこのような広々とした光景を目にすることが出来る。残念ながら京都中心部では鴨川にかかる橋上を除いてはこのような景色を目にすることが出来ないし、大阪でも僅かに天満橋から法円坂に至るバスから大阪城を目にする時くらいしかその機会は無い。今日は上野動物園の開園記念日とかで無料入場ができるので行ってみようかとも思ったのだが、人が多そうだったのでやめた。その代わりに池之端周辺を歩いてみることにした。
 地下鉄とJRを使って上野まで出るのが一番早い手段だけれどそれではつまらない。家から早稲田までは歩いて20分程度。都電で行ってもいいのだが、天気も良かったし暖かくなったので歩いている方が気持ちがいい。早稲田と上野を結ぶバスは2系統あるが、大回りになるけれども文京区の旧市街を縫って池之端に出る上58系統で行くことにした。元の都電20系統のルートをほぼトレースして走る。
 池之端と言えば森鴎外と夏目漱石だろうか。森鴎外の「雁」には無縁坂から池之端に抜ける描写が出てくる。もともと東京大学の正門は今の鉄門で無縁坂に面するところにあり、森もよくこの道を通ったらしい。漱石の描写でもこの辺りが出てくる。「三四郎」とか、「吾輩は猫である」とか。特に二人が特別な訳ではなく、この時代の知識人は何かと東京帝大と関わりがあるので、結果的に本郷とか池之端とかということになるのだ。無縁坂の南側は岩崎弥太郎の旧宅。岩崎は言わずと知れた三菱の大ボスで、今日は中に入る時間が無かったけれど、これが強烈な建物らしい。ちなみに明治維新マニアの方にウンチクを垂れると、この岩崎邸は元は桐野利秋の家だったということである。この岩崎邸は日を変えて必ず行きます。池之端から不忍通を戻るように北へ上がると根津や谷中となる。「三四郎」に出てくる団子坂や漱石旧宅(ここは森の旧宅でもある)へ向かってみようかと思ったのだが、陽が落ちてきたのでやめた。ここは後日に訪れることにしよう。
 今日は天気も良かったので不忍池のボート遊びも気持ちのよかったことだろう。上野公園の桜が蕾になっていた。もう春である。

●池之端
上58系統(早稲田~上野松坂屋)にて「池之端一丁目」下車
他、上60系統(池袋駅、大塚駅~上野公園)、上26系統(亀戸駅~上野公園)にて
近隣の上野公園、上野公園山下にはバス多数
勿論上野駅からも近い

当ブログの写真

 当ブログの写真、今まで訪れたところの写真をアップしていますが、東京に来たこともあって次は東京の風景を載せたいと思っております。がしかし、在京してからは天気に恵まれず、最高の日よりだったこないだの日曜はカメラを持っていくのを忘れていて、せっかくの日差しを無駄にしました。21日春分の日は晴れますでしょうか?一気に暖かくなりましたね。東京の春は結構綺麗らしいんで今から楽しみです。

制作チームのこと

 会社の新しいチームは自分を含めて4人。関西では20人弱の大きなチームでやっていたのだが、本社に来て業務が専門的になる代わりにメンバーが一気に少なくなった。全員に目が届くので非常にやりやすい。あ、別に負け惜しみでもなんでもないっす。
 最も若いKさんは昨年入社の新人で、私の母と同じ高校の出である。確か母が一期生だかその辺りだったのだが、彼女は後輩にあたることになる。今時の20代前半だが、積んでいるCPUが違うらしく、頭の回転が速い。自分の来る前、チームの最も忙しい時に入っているので、仕事はキツイことが当たり前だと思い込んでいる。いいのか悪いのか知らんが。
 U君は神奈川の県立高校を出ている。高校の時は野球部に所属しており、どういう訳が大学時代に母校へ嘱託として出向いて野球部の監督をしていたらしい。たいして強くは無かったらしいけれど、一応県大会の一回戦くらいは甲子園を夢見ていたそうだ。神奈川の県大会は全国一の参加校数なのは知られるところだが、その中でも2つか3つくらい勝つと嫌でも体格の違う高校生と試合をしなくてはいけなくなる。彼のチームもどういう訳が奇跡的に2つ程勝ったのだが、いわゆる強豪校といわれるところとぶつかってジエンド。相手校の素振りを見て「俺の夏は終わった」と思ったらしい。高校時代は松坂と試合をする手前までいったらしいのだけれど、残念ながら当たることはなかった。「近々当たるつもりだったから、偵察とか何とか適当にかっこつけて松坂を見にいったんです。いやあ球が違いました。ありゃ高校生じゃありませんよ」。実際私も甲子園で松坂を見たのだが、そのあとに見たダルビッシュやハンカチ王子とて松坂には迫力という意味で及ばなかったように思う。ちなみにそのあと出てきた横浜高校のエースが、ロッテに行った成瀬で更にそのあとが西武の涌井だが、松坂の印象をひきずってしまったのか、甲子園でも今ひとつ頼りなかった。
 話がずれた。
 あと一人がNo.2のF君だ。嫁さんは外国人。これは今時珍しくはないか。東京の家賃が高いところで掘り出しものの物件を見つけて転々とするのが楽しみの一つという。ちなみに今は昨日書いた赤羽橋に住んでいる。自分も港区でも一応探してみたけれど、ここ豊島区とは家賃が違いすぎます。

なんのかんので楽しくやっています。

快晴の空と東京タワー

 東京を巡るのに最も便利な手段は地下鉄でありますけれど、景色が見えずつまらない。前にも書いたと思いますが、海外の街では極力路面電車や市内バスを利用するようにしています。路線が細切れだったりする場合が殆どですが、街の風景を見ながら動けるというのは地下鉄では味わえません。ここ東京でも観光に役立つような都バス路線がいくつかありますので、それらを通じて見た景色をボチボチ書いて見ることにします。

 南青山五丁目から六本木経た渋88系統の都バスは、飯倉片町の信号辺りで正面に東京タワーを迎えます。このイントロは実際に通ってみると分かりますけれど、とても衝撃的な光景です。新幹線で関西から来るなら、富士川にかかったところで左に富士山を大きく仰ぎ見るのと感動を比較するのなら変わらないのではないでしょうか。

 久しぶりに建築物を見てすごいと思いました。単に巨大なだけでなく、鉄骨建造物にも関わらず非常に美しい塔です。
 遠くから見たことは何度もありますが、間近で見るのは初めてです。今日は久しぶりに天気が良かったこともあって、多くの人が訪れておりました。エレベーターの列に並んでいたのですが、階段でも登れるらしく4~50分並ぶ位なら、12・3分で登れますよ~などと呼び込みもしています。自分は極度の高所恐怖症なので、吹きさらしの階段を登るつもりは毛頭なく、時間がかかってでもエレベーターを選びますが、かなりの人が階段で登っているようです。あとで知ったのですが、エレベーターでも階段でも入場料は同じであり、メリットは階段証明書が貰えるくらいでしょうか。でも、階段の方が登ったという感覚になるのでしょうね、山と同じで。
 天気は快晴でしたが霞がかかっていて、遠くはいいとこ横浜のランドマークタワーが見えたくらいでしたが、それでも眺望よく大満足。「プロジェクトX」で東京タワ-を建てた人の話がありましたが、実際この塔を建てた人はすごい。50年前も今もあまり変わらないかもしれませんが、てっぺんで作業した鳶職の人というのはとてつもない人だと思います。確か完成して生きて降りてきた時には結婚してくれ、みたいな話だったと思いますが、その気持ちもわかります。
 帰りは赤羽橋の方へ降りてきました。地下鉄赤羽橋駅を出て交差点を渡るとすぐに東京タワーを仰ぎ見ます。私は帰りだったので振り返りという形になりましたが、これもまた夕日にそびえる非常に美しい景色でありました。
 今まで東京タワーなんか..と思っていましたが、ここは必見ですね。

●東京タワー
渋88系統(渋谷駅~新橋駅)にて「東京タワー入口」下車。
他、東98系統(東京駅~等々力)、浜95甲系統(品川車庫~浜松町駅~東京タワー)、橋86系統(目黒駅~御成門~東京タワー、新橋駅)など

個人の勝手な印象ですから...

 差別をする意図は全く無いことを初めに申し上げる。

 東京に来て大きく気付いた件が2つある。一つはチェーン系の飲食店の店員がやたらアジア系の外国人であること、2つ目はそれらの店で私と同世代と思われる女性の一人客がとても多いことだ。

 この1~2年くらいだろうか。松屋とか吉野家などのチェーン店の店員に外国人が多く見られるようになった。関西でも何処のチェーンに行っても大抵一人はいるような感じだったが、東京のこのテの店では比べ物にならないくらい多く見かける。接客担当が全員外国人という場合もあるし、会社近くの松屋はマネージャーも含めて全員が外国人であった。中国人か韓国人の留学生のバイトかしらと思ったが年配の人がいるところを見ると、必ずしもそうでないようだ。表のバイト募集案内に時給が書いてあるので安い労働力を確保ということでもないだろうが、やたら多いのはどういう事だろうか。不況で首切りのニュースが新聞を賑わしている昨近だが、かと言って仕事が全く無い訳でもない。誤解を恐れずに言えば、自分の好きな職種が見つからないのであって、仕事そのものが無いという状況では無いのだ。何故そのような事が言えるか?私の会社が年齢を問わず大々的に人を募集しているからである。確かに給与面からいけば、家族を養う立場であれば二の足を踏むような事情は理解できるけれども、少なくとも若者の一人暮らしなどであれば、十分にやっていかれるだけの給与は保障されている。勿論決して悪どい商売では無い。
 話がずれた。
 飲食店のバイトといえば、少し前までは学生の定番だったのだが、今やこれらのバイトは外国人労働力でもっている。別にそれは構わないのだけれど、このようなご時世でありながら日本人を殆ど見かけることが無いというのも奇妙な話だ。

 2つ目は女性の一人客について。これは関西では滅多に見かけることがなかった。勿論マクドナルドなどのファーストフードでは居たし、年配の女性客なら見たことがあるけれど、20代後半から30代前半の女性一人客を吉野家などの飲食チェーン店で見ることは殆ど無かった。東京は違う。当たり前牛丼食べているし、特に男性専門だと思っていた駅や街角の立ち食いソバ屋で食事をとっている姿も普通に見る。この辺は文化の違いだろうか。実際関西の友人に聞いてみたら一人でその手の店に入るのは無理という答えが殆どだった。まあ余計なお世話であるけれども。何処で何を食べようと個人の自由ですから...。

 ウルセーほっとけと言う声が聞こえた気がします。

お江戸便り~ボチボチいきますか

 自分にしては珍しく、引っ越しをしてからひたすらに居住空間の整理にあけくれておりました。神戸にいた時に用意しておいたパソコンデスクなどもすぐに組み立てたりして。インターネットを契約するついでにパソコンを新調し、これで仕事にも準備万端、気合が入るというものです(うそ)。
 まさか自分が営団地下鉄(東京メトロ)に乗って通勤をするなど夢にも思いませんでしたし、どれだけラッシュがひどいのだろうと案じていましたが、自分の足である副都心線、大丈夫ですか?ラッシュも昼間も変わらない運転間隔で、関西で乗っていた電車と込み具合は変わらないときている。この路線、東武の川越の方とか西武の所沢の方とかに通じているのですが、そちらからの乗客もそれほど多くないようで、昼間など一両に10人も乗っていない時があります。まあこの線には「急行」なるものが走っており、前駅池袋の次は新宿三丁目、次いで渋谷と走るので、ひょっとしたらそちらに人が乗っているのかもしれません。ま、空いているのは有難いですけれどね。
 ようやく家の件もひと段落したので、ボチボチ外に出てみようと思います。取りあえず最初の観光と称して浅草には先週行ってみました。池袋からはバスで雷門まで一本で行かれるのですが、地下鉄で行ってみることに。地下ばかり走るので距離感覚がにぶくなるのですが、雑司が谷から浅草まで一時間近くかかりました。ま、午後遅くに行ったので何を見た訳でもないので、改めて訪れてみようと思います。

 たいして面白い文章にはなりませんでしたが、おいおいお江戸の案内も書いていくことにしましょう。

お江戸便り

ようやくインターネットが開通し、このブログ再開することができます。
まだ10日ほどなので家のことしかやっていませんが、ボチボチ書いていきますので、変わらぬご支援よろしくお願いします。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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