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天主堂の祈り

 新神戸駅から車で海側に出ると、すぐ目の前に生田川沿いに建つ大きな教会が見えてくる。神戸が海と山と洋館の街というのなら、このアプローチは神戸を印象づけるものとしてピッタリだ。
 この教会は神戸聖愛教会といい、その聖堂は神戸でも有数の教会建築。私は車で走る時は主に山手幹線(原田線)を東から進むことが多かったけれど、布引の交差点で風景が開ける時、まず目に入るのがこの教会だった。
 海と山と教会という組み合わせは、日本の風景としてはとてもよくマッチしていると思う。それは私が神戸に住んでいたからというのもあるのだろうけれど、好きでよく訪れていた長崎の街の印象が強いからかもしれない。
 長崎訪問のアプローチは常に列車でであった。京都発長崎行の「あかつき」は、大阪駅を20時50分頃に出るので、金曜の仕事終わりにそのまま乗れたということもある。長いトンネルを抜け、浦上駅の手前で景色が開けるともうすぐ終着だ。長崎駅到着は確か9時前で、ほぼ12時間。 駅前の喫茶店でモーニングを食べてから観光に出るというのがパターンだった。普通に観光するのなら26聖人殉教地を訪れたあと、路面電車で大浦天主堂、でグラバー園となるのだろうか。
 他の街では建物であっても「教会」となるのに何故か長崎では「天主堂」。他の街とは違う切支丹の歴史が持つ重みか、如何にも長崎らしい。とにかくこの街にはキリスト教がよく似合う。そのあと出島を見、昼食を食べたあとに路面電車で北に向かい浦上天主堂となるかもしれぬ。
 浦上天主堂は煉瓦造の美しい建物である。歴史ある教会ではあるけれども原爆で破壊され、戦後建て直された..ということになっている。その実は、破壊されたのは間違いないのだけれど、戦後もしばらくは廃墟のまま残っていたらしい。破壊された姿を原爆の遺構として残すか建て直すかという議論になったようだが、結局建て直すことになった。爆心地近くで爆風にも耐えたその強固な外壁は、人の手によって崩されたということだ。先ごろその壁を整理する作業写真が新聞に出ていた。

 8月6日の写真が平和記念公園での祈りの写真なら、8月9日の写真は教会での祈りの写真だ。
 私の見ている新聞やらが毎年そのような写真を載せているのかもしれないが、いずれにしても手を合わせる写真であることには変わらない。

 広島の原爆が戦争に絡めて話がされることが多いのに対し、長崎の原爆が祈りとともに話がされることが多いような気がするのは、私個人の持つ長崎の印象だけではないだろう。
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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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