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満州朝鮮復刻時刻表

 夕飯は池袋駅北側の中華料理屋。この界隈、風俗街を横にして非常に妖しい地域だが、中国人がコミュニティを形成している街として知る人ぞ知る地域である。であるから、ここで営業している店も中国本土に近い味で出てくるので、私としては非常に有難い。葱と牛肉の炒め物の定食。普通の中華料理屋では出てこないが、中国ではかなりメジャーな料理。蘭州局の列車の食堂車では名物として名高い料理で、数ある中国の列車食堂でも評判の高い料理だ。この店の炒め物もいけていた。何より安いし。池袋とか大塚とか、本当に中国人が中華鍋をふるってそのままの味を出してくる店が多いので嬉しい。勿論中華街あたりの観光客料金では無い。

 本屋で「満州朝鮮復刻時刻表 附台湾・樺太復刻時刻表」を購入。戦前の列車時刻表の復刻版。以前古本屋で戦前の時刻表を見つけたのだが、ウン万円もするので手が出なかった。この度、既刊の出ている日本鉄道旅行地図の関連としてこの4冊まとめて3,000円弱で出るという信じられないことが起きたので、迷わず購入。中身を見てびっくり。復刻の名の通り、昔の時刻表そのものがパッケージされており、現代日本語は、パッケージの箱と、中に入っていた薄い解説だけ。あとは装丁から中身まで当時のものそのもの。読みいってしまいましたよ。

時刻そのものも見ていて楽しいのだが、より興味を引いたのは運賃表と広告。
掲載運賃の一例をあげてみよう。金額は「満州支那汽車時刻表」昭和15年8月号掲載の三等運賃である(平壌を除く)。
●東京起点
大阪:5円95銭
下関:9円55銭
釜山:13円10銭
京城:20円10銭
平壌:24円16銭 ※「朝鮮列車時刻表」昭和13年2月号より
奉天:32円13銭
新京:36円86銭
哈爾濱:41円22銭

●奉天起点
天津:11元81分
北平正陽門:13元91分

上記他に通行税が必要となるが、800km以上で50銭/三等

 日本起点の場合は日本円、朝鮮起点の場合は日本円と等価の朝鮮円だが、奉天起点の場合は満州元。満州元はこの頃は日本円と等価なので、実質的には奉天までの料金と奉天からの料金を足した金額が日本円での販売額となるようだ。
 ちなみに北平正陽門は現在の北京前門にあった駅。当時の北京のメインステーションで、最近まで「老北京站商場」というちょっとしたショッピングセンターとして残っていた。自分も何度か買い物をしたことがあるが、昨年北京をフラフラした時は博物館に生まれ変わるとかで閉鎖していた。

ちなみにこの時代、釜山桟橋~北京には直通列車が走っている(急行興亜号)
※北平とは中華民国時代の北京の呼び名。

当時の1円が現代の金額に換算すると正確にどれくらいかはわからないが、

大連定期市内観光バス:1円80銭
大連より旅順戦跡観光バス:3円50銭
満鉄各駅駅弁:50銭
新京駅のサンドウィッチ:40銭
茶:7銭
鉄道省 広島の宮島航路運賃:10銭

あたりから類推すると概ね1円=1,200円くらいだろうか。

 広告も面白い。昔の広告は言葉づかいが今の視点から見ると独特で楽しい。
「最も洗練された女中が十分御奉仕申し上げます」・・哈爾濱の「関東軍・満鉄鉄道総局御指定旅館」モストワヤ街の名古屋ホテル。奉仕といっても変な奉仕じゃないです。昔の意味合いですから。
「各会社製品のカメラ氾濫時代に樫村が推奨するカメラ中のカメラ」・・大連市浪速町の樫村洋行。
「河村の製品は新型で優美・堅牢・お値段はうんと勉強して居ります」・・奉天の銀座・春日町の河村製靴店

夜も更けてきた。眠いので今日はこれくらいで終わりにするが、しばらく楽しめそう。
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ウォッカの乗り代わり

 今世紀に入ってから、競馬からはほぼ足を洗ってしまったので、競馬場に行く事も無くなった。とは言うものの、一応重賞レースを中心にチェックはしている。

 今週はジャパンカップ。ウォッカから武豊が降ろされた。最近の成績を見ていると、武も神懸かり的な勝ち方はなくなったなあと思っていたが、この人でも降ろされることがあるのかと、感慨深いものがある。「また武かよ」などとよく言っていたものだけど、最近は武だからということも無いらしい。

 ウォッカという馬は嫌いではない。むしろ好きな方だ。私は競走馬の中でも特にマイルから2,500をオールマイティに走る馬が好きなのだが、ウォッカはまさにそういう馬だ。これだけ距離体系が整備され、特にジャパンカップを勝つような馬は短くても2,000mくらいまでを走るのが普通。ディープインパクトの強さにケチをつけるつもりは勿論無いが、春秋の天皇賞を勝つ馬はある意味王道の馬で「ありえる」馬である。さすがに1,200mと3,200mのG1を両方出ろとは言わないけれど、マイルから有馬記念まで出て勝ち負けにからむ馬なら、どんなレースでも走るというイメージがあって、個人的には大好きだ。調べてみるとこのような馬はあまりなく、2,000m以上を走る、または2,000m以下を走るのどちらかに分かれる事が殆ど。短距離系か長距離系に二分されるのだが、安田記念にも有馬記念にも出るような馬だと距離不問でどんな場面でも人気を集めるスーパーホースのような気がして、好きなのである。ウォッカの前にはグラスワンダーがそうだった。この馬、安田記念にも有馬記念にも出て着にからんでたし、間の宝塚記念にも勝ったもの。どんなレースにも出ていたイメージがあった。でも不思議と2,000mのレースには出たことが無い。とにかく距離のわがまま言わず出た場所で勝つ、というイメージだった。このようなスーパーホースの代表格はあの馬。オグリキャップである。この馬の使われ方は無茶苦茶だったが、マイルでも有馬記念でも勝った。
 ウォッカもそんな一頭だ、安田記念とダービーに出て勝っている。しかも牝馬だ。力が落ちたとか言うけれど、少し前なら牝馬が王道G1で勝ち負けを常に争うなどそんなにないことだった。エアグルーヴやダンスパートナーとかヒシアマゾンとか。マイル以下なら牡馬と対等に戦う牝馬は多かったけれど。
 ルメールに乗り変わってどのようなパフォーマンスを見せるかが楽しみ。でも今回は乗り馬のレベル的に厳しいかもしれないが、「もう終わった」「過去の人」と言われた人の勝利もスポーツの世界ではよくあること。
 武が必ず見返す時が来る筈である。武の馬に散々やられてきた者としては、ここ一番で勝ってもらわないと困る。

大混雑の京都

 祇園石段下で渋滞に引っかかるのは分かっていたので、二条通~河原町通を経由する32系統のバスが来るのを待っていた。学生時代、信じられない話だが、知恩院前から四条京阪までバスで40分もかかったことがある。そのあと四条河原町まで乗り続けようものならいつになるか分からないので、四条大橋は歩いて渡ったのだが、とにかく夕方の東山通~四条通はラチがあかない。

 神宮丸太町で京阪電車を降りるつもりだったが、乗り換えの三条京阪では混雑で電車を降りるのが面倒になり、結局終点の出町柳まで行ってしまった。ここからバスに乗るつもりが、バス停の大行列に嫌気が差し、てくてく歩いていくことにした。百万遍交差点の脇で昼食を取り、学祭真っ最中の京都大学を抜けて吉田山の方へ出た。京大では時計台の前で全学連がビラ配りとアジ演説。中核派の旗を堂々とかかげてビラ配りをしていた。何もこんなど真ん中でしなくてもと思ったが、およそこれらの活動とは無縁に見える理知的な女性も赤い腕章をしてビラを配っているので、どうも分からない。
 目的地は永観堂だ。ここまで来るのにどうして出町柳から歩いてきたのかが自分でも不思議なのだが、散歩だと思えばまあいいか。
 永観堂の紅葉は見頃を迎えていた。案内を見ると、京都の紅葉は近頃、ここ永観堂と東福寺をその頂点とするような感じ。交通局が「永観堂エクスプレス」なる市バスを京都駅と永観堂~銀閣寺の間を走らせており、別格の扱いを受けている。何年か前の東福寺はとてつもない大渋滞を起こしていて、寺に入るのも一苦労だったが、こちらはそうでもなかった。紅葉は見事。が、嵐山あたりの寺の方が綺麗なような気もした。ま、去年ここに来た時は散り際だったので、今年はリベンジだと思えばまあいいけど。
 バス停へ出る途中、「京都生ショコラ」というカフェでチョコレートとコーヒで一休み。民家をそのままカフェにしており、玄関から靴を脱いであがって畳敷きの部屋でコーヒーをいただく。人の家に来たようだ。
 戻りは岡崎道からバス。夕食を取る為に河原町へ。運良く32系統が来てくれた。203系統だったら河原町までどれだけ時間がかかるか分からない。河原町三条で降りて夕食を取った。

 京都駅がまたカオスと言っていいような大混雑だった。東行きの指定の売れ行き状況を見ると、はるか先まで満席満席満席。勿論自分は押さえてはいるけれども、指定のとれない人たちが、3両しかないのぞみの自由席へなだれ込んでいた。東京でもラッシュに揉まれていないなまりきった私には、このような戦場では5分と耐えることは出来ません。

 さすがに秋の連休の京都。関西に住んでいた時分と違い、外から入ってくると、その人気のすごさに呆れます。来年は別の場所へ紅葉見に行こっと。

雨のミナミをぶらぶら

 昼間、唐招提寺を見たあと、午後遅く難波へ戻ってきた。

 今日の大阪は車が多い。
 3連休なので市内はすいているかと思ったが、ところがどっこい。御堂筋は車であふれていた。雨も手伝ったのか渋滞しまくり。西心斎橋あたりの細い通りにも車が入ってきてえらいことになっている。他府県ナンバーもちらほら。駐車場を探してぐるぐる回っているという感じだ。
 夕飯は「焼肉 小倉優子」。ゆうこりんプロデュースの焼き肉屋。せっかく関西に来たのだからもっと関西のものを、と思うかもしれないが、これが関東には店が無い。埼玉の浦和に一件あるだけらしい。別にここに行こうと決めていた訳ではなく、勿論ゆうこりんが好きな訳では無いが、焼き肉でも食べようかといことになって、ホットペッパーを探していたら、たどり着いたのだ。味はいたって普通の焼き肉屋。これなら鶴橋に行った方が、と思ったが、ここでしか見られないものも。ドリンク場の茶髪の男性店員が「出来りんこ!」とか言ってビールを出しているのは笑った。隣のカップルが注文していたデザート(たぶん「ゆうこりんパフェ」かコースのデザート盛り合わせのどちらか)はとてつもないサイズで、びっくりした。店長曰く「オーナー(小倉優子)は2回程来た事があります」とのこと。要は殆ど来た事は無いらしい。浦和の店や西中島南方の店にはよく行っているそうである。

 今日は午後から雨だった。明日は回復するようだ。紅葉の京都へ乗り込みます。

来たぞ、と思う辺り

 以前も書いたが、新幹線で西から来たら品川を出て左右に見えるビル群は東京のプロローグとしてとても印象深い。こちらに来て東京のど真ん中にも落ち着いた住宅街がある事を知ったが、東京=高層ビルが林立する大都会というイメージを植え付けてくれるものとして、この新幹線でのアプローチはとても効果的なように思う。

 大阪に来た、と思わせてくれるのは、新大阪で京都線(東海道線)に乗り換えて淀川の鉄橋にさしかかったところだと思う。水量の多い大きな川の向こうに梅田のビル群、果ては生駒の山々まで抜けるような光景は、大阪のアプローチとして最も適当だろう。飛行機で来る場合は、伊丹行の場合は是非進行方向左側にシートを取りたい。強風の時とかでなければ、大和盆地から信貴山南側の奈良街道上を通って河内平野に入り、一直線に伊丹空港へ向かう。そうすると左手に通天閣や大阪城を見ながら着陸態勢に入るので、大阪へ来たという感を強く持つ事が出来るだろう。

 京都であれば何処だろう。東から来るなら草津や栗東あたりで比叡山を見る頃か。少し気が早いかな。京都に住んでいた折、比叡山は毎日のように仰ぎ見ていたので、京都の風景としての比叡山のイメージが強いのかもしれない。もっと市内に近づくのなら、山科を過ぎ、東山トンネルを抜けて鴨川にさしかかった頃か。ここまで来るとすぐに京都駅だ。西から来るなら桂川あたりで愛宕山、双ヶ丘を遠くに見る頃かもしれない。ここでもそういえば比叡山を目にすることが出来るな。で、東寺の塔を右に見たら京都駅だ。

 神戸は...。新幹線で来ると残念ながら西宮の北側で六甲山のトンネルに入ってしまうので、ワープしていきなり新神戸にたどり着く感じだ。在来線なら六甲山や摩耶山を仰ぎ見るところ、住吉駅を過ぎて六甲道への高架に入る、御影公会堂北側の石屋川を渡るあたりだろう。で、灘駅を過ぎ阪急と寄り添った風景が抜けるあたり。摩耶山が美しい場所だが、ここまで来るとすぐに三ノ宮だ。

 今日の大阪は寒い。どうやら明日は雨になるらしい。でも予定通り奈良に行きます。近鉄で西大寺乗り換えで西ノ京ですね。楽しみです。

ビバ!京都・奈良!

 さて明日から、正確には今日から関西行。まもなく消える500系のぞみで向かいます。
 今回の目的は京都の紅葉と、平成大修理を終えた奈良唐招提寺を見に行きます。確か前に唐招提寺を訪れたのは3年くらい前だったと思いますが、その時は修理の真っ最中。覆いで覆われていて、拝観以前の問題だったので、今回は満を持してです。修理前の唐招提寺には訪れたことがなかったので、言ってみれば今回が初めて。京都の紅葉と併せて楽しみです。

中国食材通信販売

 会社で中国語の新聞を取っている。と言っても日本で発行している日本在住の中国人向け新聞。記事はほぼ日本の新聞と同じなので特に見るべきものはないけれど、注目すべきは掲載されている広告。それも中国の食材通販の広告だ。
 中国直輸入をうたっているだけあって、その数はスーパーの比ではない。下手すれば中華街の専門店よりも種類は豊富だ。中国語で書いてあるので中国人向けなのだろうが、勿論日本人の我々も買う事が出来る。青島ビールや紹興酒などの定番は勿論、キクラゲや搾菜などの食材、牡蠣ソースやラー油など日本でも手に入る調味料、当然お茶も売っている。で注目は冷凍点心。肉まんだとか、小龍包だとかの中国直輸入モノなのだが、私が目をつけているのは冷凍餃子。定番の三鮮餃子、ニラ餃子から、羊肉餃子、牛肉餃子、少し珍しいセリ菜餃子など種類が豊富。これが何と1kg500円くらいからある。中国の市場価格からしたらバカ高いけれど、日本で考えたらこれは安い。どうして餃子かって?当然じゃないですか。餃子本来の具以外に少し変わっているものが入っているのではないかと、スリル満点。スタッフに日頃の慰労として取り寄せたろか?と言ったらみんな真剣な顔して「遠慮します」だって。人間の記憶って案外はっきりしているものだ。自分など色々なもの食べさせられているから、今更この手のものに気をつけても遅いと思っているので何とも思わないけど。
 餃子は仕方が無いので、代わりにカップラーメンにしてみようかと。中国で最も有名な康師傅の紅焼牛肉麺を売っているので、こちらを頼んでみようかしら。値段は中国と全然違い何故か日本のカップ麺よりも高いけれど、あの味を久しぶりに堪能してみるのも悪く無い。

ゼロの焦点

 1月に行く予定だった旅行だが、どうしても仕事の関係で休みがとれないことになり、3月にずらすことにした。幸いまだオーロラは見る事が出来るらしいので仕切り直しだ。
 
 「ゼロの焦点」。映画でやっている。原作を読んだことがあるが、松本清張特有の人間の暗さとか因縁とかを描くのであれば、別の作品の方が優れていると思う。多分単純な推理映画としては描いていないだろう。映画上の解釈があるのであれば、その辺りの深層などを表現しているかもしれない。ミステリーで言ったら代表作は「点と線」になるのだろうし、確かに面白い話。でも私の中では最高作品は(「日本の黒い霧」とかのノンフィクションや歴史評論は除いて)、やはり「砂の器」になると思う。映画にもなっているし、テレビドラマでもあったけれど、やはり原作だ。刑事の執念と追われる者の段々と出てくる暗い過去の描き方は秀逸以外の何物でもない。

 で、映画はどうなのかな?役者だけみたら相当にお金使っているみたいだけれど。

おと・な・り

 本当は劇場で見るつもりだったか、そうこうしている内に見逃した映画。今日DVDを借りて見てきた。

 しかしまあ、こういう日常の何処にでもいそうな、日常を切り取ったような役をやらせたら、麻生久美子は天才的だな。彩度を落とした映像にぴったりの女優だった。30代ならそれなりに共感できる映画に思えた。もう少し「日常の音」にこだわっても良かったと思うが、全編通した映像の透明感と、「好きです惚れました」感の無さ、主人公達の余計なオーラが無い映画として、いいものを見た。こういう取りとめの無い話の連続が日常なのかも。

 年齢かもしれないが、こういう映画は安心して見てられます。

乃木坂

 乃木大将の功罪についてはいくらでも詳しいサイトがあるし、語れる程自分も詳しい訳ではないので、そのうんちくを記すのはやめておく。近所に学習院があるので、そこの院長であった乃木大将については、こちらに来てから自然と触れる機会が多くなった。西南戦争で旗を奪われてみたり日露戦争に於ける旅順要塞での苦戦ぶり、日露戦争では結果的に二百三高地を落としたことと敵将ステッセルの降伏が乃木の第三軍に対して行われたこと、そして明治天皇への殉死ということで評価があまり悪くは無い印象だけれども、帝国陸軍の将としてはどちらかといえば凡将としてのイメージが本当だろう。

 久しぶりによく晴れた気がするので、これは外にでなくてはいけない。さて何処に行こうかと地下鉄の路線図を見ていて、そういえば東京ミッドタウンにアップルの店が出来た事を思い出し、六本木に出ることにした。我が家から六本木に出るのは結構不便で、新宿三丁目と霞ヶ関の二カ所で乗り換えなくてはいけない。面倒なので、明治神宮前で乗り換えて乃木坂で降り、そこから歩くことにした。
 乃木坂の一番出口を出た所にあるのが乃木神社だ。丁度七五三のお祝いで着飾った子供たちが多かったことと、丁度結婚式をやっていたこともあって、そちらの見物も兼ねた人が本殿に集まっていた。乃木神社は乃木邸の側に建てられた神社。今でも乃木邸は残っており、建物の中に入る事は出来ないまでも、外からは見る事が出来る。明治の建物はどちらかといえば石造りの洋館が多いけれども、この乃木将軍の家はこじんまりとした木造建築物であった。何でも当時のフランス軍の営舎を似せて建てられたそうで、派手さは一切なく、軍人の家と言えば軍人の家らしい。当時の建物がそのまま残っているので、勿論将軍殉死の部屋というのも残っている。
 東京はふとした所に緑が昔のままに残っていたりするけれども、ここ乃木邸も周りは高いビルが建っているけれども、ここだけは緑が生い茂る静かな空間だ。外苑東通りに面しているがさして交通量も多い訳ではなく、少し南に下った六本木とは全く違った空気が流れている。乃木坂は勿論乃木邸の前にあるからその名前がある。下ると赤坂。赤坂通りは大きな通りではなく、TBSの社屋があるが、総じて落ち着いて雰囲気の場所で嫌いではない。

Manneken(マネケン)を見つけた

 マネキンちゃうで。

 JR三ノ宮駅の阪神電車に通ずる改札を出ると、甘い香りが漂ってくる。この香りを出しているのは構内にあるベルギーワッフル屋「Manneken」(マネケン)だ。大抵いつも人が並んでおり、勿論私も買って食べたことがある。同じような駅店舗として、大阪駅御堂筋口のそばにもあり、ここもおいしそうな香りが漂っていることで知られていて、いつも行列ができている。

 今日、銀座を歩いていたら、四丁目交差点のそばで「Manneken」が店を出しているのを見つけた。関西以上に大行列。久しぶりに買ってみようかと思ったけれど、行列に並ぶのが面倒だったのでやめた。どうせ来週末関西に出るのだし、そちらで買って食べることにしよう。ずっと関西の店だと思っていたので、まさか東京が本元ではないだろうな、と調べてみたら、第一号店は梅田だった。東京には銀座と秋葉原にしかない。

で、数寄屋橋からバスで四谷へ出て、夕飯を食べて帰ってきました。

 しかし、この数寄屋橋の高速道路、何とかならんのか。勿論映画にあるような橋などありません。名前だけ残っている。
 まあここに限らず首都高速うっとうしい。車に乗らないので余計にそう思えてくる。これなくしたら、東京の景観は一気に良くなる。ソウル市が都心の高架道路を撤去して川を復活させたら、すごく好評だったという話があったが、誰か無くしてくれないものだろうか。

●数寄屋橋
都03系統:晴海埠頭~四谷駅
他、都04系統(東京駅~豊海水産埠頭)、都05系統(東京駅~晴海埠頭・東京テレポート駅)など。
勿論普通は地下鉄で行きます。

北京の雪って...(笑)

 北京で雪が降ったそうです。
 私の印象では、北京の秋~冬はどちらかと言えばいつも晴れているイメージ、それも「非常に気持ちのいい晴れ」です。不思議だな、と思っていたら、案の定でした。きっちりと人工降雪剤を使っている。こういうところは本当に期待を裏切りませんね。
 オリンピックの時は無理矢理に晴れにする為に、雲を薬の力でどけたとか言っていました。また、先日の国慶節でも強引に晴れさせたらしいです。で、今回の雪は干ばつ除けの為ですと。薬がいいとか悪いとか、そういう答えの分かりきった話でなくて、私が思うのは、よくもまあこういう事をやろうと思いつくな、というその発想力です。国のメンツの為に晴れにしてみたり、水不足だからといって強引に雨とか雪とかを降らせてみたり。雨を降らしたいのか降らしたくないのか一体どっちなんだ?で、今回は「人工的な」雪のおかげで飛行機が飛ばなかったりバスが止まってみたりする訳でしょう。北京でバスが動かなかったら、移動に苦労して仕方がない。この薬物依存症によって引き起こされた雨とか雪とかは人体に影響無いんでしょうか...などと真面目な疑問を持っては駄目ですね。分かりきった答えでした。
 ま、私としては、私自身すでにあの国でお陰さまで色々なものを食べさせられてきていますし、その殆どが街中の一般食堂や列車食堂ですから、体が蝕まれていることでしょう。だからと言って気にしていませんけど。
 健康の話など今更です(笑)

旅行に行かないんだって

 会社のスタッフが来週香港へ行く。初めて香港を訪れるのだそうだ。
 年老いた言い方になるが、今の20代、特に前半の世代は存外に海外に行かない。少し前にそのその理由を尋ねたアンケートを読んだが、回答で意外と多かったのが「お金を払ってまで嫌な気分を味わいにいく必要が無い」というもの。海外に出ればかなり高い確率で、文化の違いによる嫌な事が起こるものだが、これは極当たり前の出来事であると思っていた。ある意味、それが旅の楽しみだとも考えていたけれども、どうも最近はそうは思わないらしい。

 まあ、そういうものなのだと言ってしまえばそれまでだが、何となく寂しい話だ。

県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ?

 ともあれ、長年の沖縄基地問題に於ける最大の問題は、沖縄県民以外の国民、すなわち私を含む本土の人間の、この問題に対する無関心であると思いますね。

 多くの人々は遠い土地での出来事、私には関係無い事と思っている。日米安保万歳とか思い、米軍に国を守られている現実がありながらも、いざ我が街に来るのは反対な訳でしょう。総理や外相、防衛相をやる場合の条件として、自分の選挙区に多少でも米軍を「誘致」するという条件をつけたら宜しいんじゃないですか?もしくは基地のある選挙区の人しか総理や大臣になれないとか。そういう意味では小泉さんはその資格がありましたね。まあ日本人なんて勝手なものです。
 
 日本の防衛費は世界でも有数な規模でありますけれど、それでも国を守り切ることが出来ない軍隊の装備とは一体何なんですかね。余程我が国の三軍の金払いは気前がいいのでしょうか?核武装している国の方が予算が少なかったりするから困ったものです。おっと、物価差ではないですよ。中国や朝鮮のことを言っているのでもありません。日本と同等以上の物価の国でも軍事費が少なくて軍隊は強そうなところは他にありますから。こないだ、関門海峡で貨物船と軍艦がぶつかりましたが、軍艦の方が破壊されてどうするのだ、と疑問を持ったのは私だけでは無いでしょう。

 沖縄で大規模な基地反対・縮小集会があったようです。図ったように米兵の引き逃げ事件。で、オバマ大統領の来日ですね。

 「沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」という大田中将の有名な訣別電報ですが、特別のご高配がこれですかそうですか。

赤いiPodと川越巡り

 赤いiPodが届いたので、それを持って街に出ました。大容量なので、今までとは持ち運べる曲の量が違う。色合いも抜群で気分良いです。

 思い立って川越まで足をのばしてみました。かつて友人がいたので大学時代に行ったことはあるのですが、こちらに出てきてからは初めて。副都心線が東武東上線と西武池袋線に直通運転をしているので、それほど遠いイメージは無かったのですが、今まで行かずじまい。
 観光地としての川越を訪れるのは初めて。前に来た時は街を巡ることも無かったので初めて来たような感覚です。時間の関係で喜多院やお城の方までは見られませんでしたが、喜多院の紅葉は綺麗らしいので、また改めて来てみたいと思います。蔵通りだけ見て帰ってきました。
 そう言えば引っ越してきて埼玉県を歩くのは初めてだな。

スターリングラード

 ウランバートルで隣のコンパートメントにロシア人老夫婦が乗車してきた。昨日北京を出た時は、値段の高い高包車(二人用個室寝台)であるものの、ほぼ満室であったけれど、ウランバートルで私と隣の部屋のスイス人、そしてウランウデまで行くというロシア人夫婦以外みな降りてガラガラになった。ウランバートルで乗ってきたのは唯一このロシア人老夫婦だけであった。
 
 ヴォルガ河の河畔にあるヴォルゴグラードは、西南ロシアの一大都市である。モスクワからはパヴェレツ駅を出る特急列車で一泊二日。地域の産業の中心であり、ヴォルガ河の水運の要港であることは勿論、ロシア各地やウクライナなど周辺各国とも列車で結ばれる交通の要となる都市である。
 この街のかつての名はスターリングラード。スターリンの名を冠した街だ

 1942年夏、破竹の勢いで攻め込んできたドイツを中心とする枢軸国軍がこの街を包囲した。 ウクライナのハリコフ、現代でも西南ロシアの有力都市であり交通の中枢でもあるロストフ・ナ・ダヌーを落とし、ヴォルガ河まで進軍してきたのだ。ここから第二次世界大戦の激戦であるスターリングラードの戦いが始まった。
 スターリンの名を冠しているので赤軍は街の死守にこだわったと言われるが、必ずしもそれは正しくない。地図を見ればわかるが、この街を落とされるとカスピ海沿いのバクー周辺の油田群、イラン、トルコへ至る道筋が寸断されることになる。ソ連は何としてもこの街を守らなくてはいけなかったし、油田が欲しいドイツは必ずこの街を落とさなくてはいけなかったのだ。
 ソ連指導部はこの戦いに大量の赤軍を送り込んだ。ドイツ軍の度重なる爆撃と機甲師団による攻撃で街は廃墟と化した。映画「スターリングラード」では、主人公が乗ってきた貨車の扉が開くとすぐ目の前が戦場だったというインパクトのある映像で描かれるが、実際とてつもない戦いだったらしい。

 シベリアの退屈な旅、閉ざされた列車の中で隣の老夫婦と何度か話をした。あちらはモスクワまで行くとのこと。旦那の方はスターリングラードの戦いでドイツと戦っていた。その時の赤軍は人海戦術だったようで、銃が足りず、本当に映画のように先に倒れた人間から銃を取り上げて戦ったらしい。引き返そうものなら、後ろで睨みを利かしている政治将校に撃たれるのだそうだ。まさに映画と同じ。前にはドイツ軍、後ろは味方である筈の、でも自分らに銃を向けている赤軍将校。進んでも引いても地獄という戦いだったのだ。

 結局この戦いは翌年二月にソ連が勝利した。勝った赤軍はウクライナを奪還し、一気にドイツへ向けて反攻するのである。

 この老人、ヴァシリ・ザイチェフとも一緒に戦ったそうである。ザイチェフは腕の良い狙撃兵で、この戦いの英雄だ。ソ連最高の勲章でもあるレーニン勲章も受けている。ご存知の方もあろうが、映画「スターリングラード」の主人公である。映画ではジュード・ロウが演じた。
 私はあっけにとられた。
 にわかには信じ難かたい話だったが、この老人が言うのだ。本当だと信じることにした。

指摘いただいたマルクスの武力革命論について

 マルクス主義について書いた昨年9月のブログについて、一部から「誤った認識では?」との声をいただいたので、ここでその根拠を改めて示したい。

 まずこの書物が書かれたのは19世紀半ばのヨーロッパ、丁度7月王政と二月革命前後という時期であったことを理解しなくてはいけない。その時代のヨーロッパで社会変革を実現する理屈として武力を用いることは極めて当然だったということだ。 
 その19世紀の常識を20世紀の常識に当てはめて考えるのは正しくない。歴史の分析に基づく思想と現状打破の手段(共産党宣言では勿論19世紀中葉が「現状」となる)は、後世に生かされるべきものとそうでないものが存在するのは明らかだ。どの歴史書も思想書もそうだけど、その時代背景を念頭に置いて理解に努めなければ、内容によっては現実(つまり読者の時代)に合わないものとなってしまう。現代に生かされるべき方法、分析を得ようとせず、内容全体を今の時代にあわせようとするからおかしくなる。
 ここで言えば、武装革命論は政治体制を変革する手段として当時の思想では「極めて当然だった」という認識が必要である。何もマルキシズムだけの話ではなく、王党派、帝政派にとっても同様のこと。資本主義者は政治変革を必ずしも求めるものではなく、その時代の情勢に適応しながら経済変革を求めただけである。社会主義、共産主義が経済、社会にとどまらず政治体制の変革を求めたのに対し、資本主義があくまで現状の体制において最大限の経済変革を求めるだけのことであり、理屈の上では政治体制の変革は起こりにくい考え方なのだ。当然計画経済とは真っ向から対立するので、社会主義、共産主義の政治的スタンス(資本主義打倒の階級闘争論を勿論含む)を持ち出してくるから、その負の部分を危険視するのだ。

 マルクスは歴史家であった。だから、歴史の分析を詳細に行い、現状変革の手段として当時としては当然の考え方(「暴力手段によってのみ社会変革は可能である」とい考え方)を持ち出しただけのこと。これが20世紀後半に書かれる書物であれば、その歴史分析と現状認識から共産主義社会樹立の為に別の手段を主張したことも考えられる。
20世紀前半のレーニンの時代、この時には既に社会・体制変革を武力以外の手段によって成し遂げる方法も現れつつあった。にも関わらず19世紀の体制変革論を現実の社会改革の手段として主張したのがレーニンであり、毛沢東である。よって、昨年の話として「マルクスが必ずしも武力革命を志向したものではない」と記述したのは、その時代を分析する素地を持っていたと理解されるからであり、生きる時代によってその知識と教養が産み出す手段は変わることが十分に想定されるだけの思想家だったと思うからであり、その理論はあくまで19世紀中葉のヨーロッパの常識を持ち出しただけだと考えられるからである。

 私はあくまでマルクス主義について記述したつもりだったが、共産主義の現実として考えるならば、その思想は後世のレーニン、毛沢東の活動と合わせて考えられる事は当然否定しない。ただ時代変革の手段としてマルクスが武力論を唱えたというのなら、日本人に人気の坂本龍馬や明治維新を起こした人々も、その部分に於いては同じ類の人物であると主張されてしかるべきだ。それなのに彼らを危険思想の持ち主と捉えないのはどういうことだ?幕府という専制的旧体制を破壊したから偉人となるのか?その為の手段として彼らが考えるやり方は、どのようなものでも肯定されるのか?
 誤解されては困るが、私は坂本や高杉、岩倉、西郷、大久保らの業績を否定する意図は全く無い。ただその用いた手段はマルクスの「武力革命論」と何ら変わらないということを指摘したい。当然である。マルクスの考え方も西郷らが用いたそのやり方も、当時の社会を変えるやり方として極めて常識的な考え方であったからだ。
 徳川幕府の弱体化から明治政府の樹立に至る過程は、どう考えても武力革命ではないか。薩長の考えた倒幕の手段と思想は天皇をかついで武力で江戸を落とし、武家中心の社会から天皇を中心とする国家を樹立することだ。これを否定する意見を余り聞かないのは何故か?

 共産主義思想や「社会とはこうあるべきだ」という主張と、マルクスが書いた手段としての武力革命論を同じまな板で判断するな。

 20世紀の共産主義(=「危険な思想?」)とマルクスの言う手段としての「武力革命論」は同一のものでは無いと改めて申し上げておく。

ベラルーシ料理 ん~吹雪のミンスクが...

 飯倉片町の近くにベラルーシ料理屋というのがあるのを見つけた。

 去年のミンスクは忘れもしない。
 厳寒の上に猛吹雪。そのような悪天候の中で無機質な街を凍えながらふらついた。雪にまみれてカメラもやられたし。とにかく昨シーズンの冬で(11月だったけど)、一番寒かったのがこの「ミンスク 雪の徘徊」だ。
 かつては美しい街だったらしいが、ヒトラーのお陰で滅茶苦茶に破壊され、歴史的な建物が残っていなかった。ミンスクは東部戦線の激戦地として有名だ。わずかに中心部の一角に、かつての旧市街の街並を復元したところがあったが、それとて箱庭のイメージ。あと著名なホテルであった「ホテルヨーロッパ」がかつてと同じ場所で再建、営業していた。けれども街のほぼすべては、モスクワよりもよっぽど社会主義的な都市計画で街が形作られていた。ヨーロッパの旧東側国家なら何処の首都も、街の美しさで人が集まるプラハでさえも、無機質なビル群が立ち並ぶ空間が存在したが、ミンスクは何処もかしこも四角い灰色の建物ばかり。勿論退屈で仕方がない。だから、時間つぶしと暖を取る為にマクドナルドに3回くらい行った。
 こんなだから、自分が食べたベラルーシ料理は、ペテルブルグからミンスクへ向かう列車と、ミンスクからキエフへ向かう列車の食堂車での食事のみ。この二本とも、ベラルーシ国鉄持ちの車両だったので、出てくる料理もベラルーシ料理だった。
 この食堂車はどちらも当たりだった。
 
 本物のベラルーシ料理が出てくるのなら、間違っても日本人向けにアレンジされていないのなら、味は期待できる。
 と言う訳で、会社で食事ツアーを企画中。創作料理とかいう「おしゃれな」料理しか食べていないスタッフに、各国郷土料理とは何たるものかを知らしめてやりたい。

 こないだ行った新宿のロシア料理に、スタッフ達はウマいウマいと言いながら食べていた。確かにいけていたが、まあまあだったな。神戸のバラライカの方が数段上です。

あの赤いヤツ

 iPodがそろそろいかれてきた。高音が飛ぶようになってきたのだ。まあ、第二世代のヤツだから結構使い倒してはいる。毎日会社往復はもちろん、休みの日もつけっぱなしだし。
 で、新しいのを手に入れようかと検討中。
 普通なら量販店に行って買うのだが、今回はアップルストアで買おうかと思っている。勿論狙いはストア限定の赤。無料刻印サービスあり。さて何と打ってもらおうか。

 おっと「赤」と言ってもレフトスタンドの応援団ではない。どちらかと言えば「赤い彗星」の赤だな。俺達のヒーロー。でも刻印してもらう言葉は、やっぱり「世界人民大団結万歳」か?(笑)

明治対慶応

 日中は天気に恵まれそうだったので、神宮外苑に行ってきました。目当ては大学ラグビー対抗戦の、明治対慶応。秩父宮ラグビー場です。関西にいる時分は、大学のスポーツ観戦と言えば、アメフトか関西学生野球。ラグビーは同志社の天下で殆ど一方的な試合が多かったので、見に行きませんでした。それでも在学中は京産大がまだ気を吐いていましたが、最近はさっぱり。肝心の同志社も無敵ではなくなり、去年は関学が、少し前は立命が制覇するなど、戦国時代になってきた感がありますが、それでも何となく全体的なレベルが落ちてきたようで、関東の大学に勝てなくなっているので、殆ど見に行った記憶がありません。アメフトは友人が好きなこともあって(彼は仕事中に外出して見に行っていた)、シーズンに1~2回程度、見に行ってました。近所の王子公園はもちろん、甲子園ボウルも見に行きました。
 とは言うものの、子供の頃から秋~冬にかけては、テレビで大学ラグビーを見せられて育ってきたので、野球を除けはラグビーの方が自分にとっては本来身近でありました。丁度秋のシーズンも始まり、そろそろ強豪同士がぶつかる時期にもなってきたので、行こうかしらという気になっていたのですが、今回ようやく外苑まで出る機会を得ました。
 隣の神宮球場では早慶戦がやっていました。ラグビー場からスコアボードが見えるのですが、慶応の一方的展開。土曜も斉藤投手が投げましたけれど、早稲田はボロボロに負けていました。今日も隣からよく「若き血」が流れてきて「陸の王者慶応~」とか声が聞こえてきましたから、余程慶応一辺倒の試合だったのでしょう。

 で、ラグビー。
 明治は今年からかつてのスーパースター吉田が監督に就任してここまで全勝。昨年はボロボロでしたが、今年はここまで何とか順調にきました。で、慶応もこれまた全勝で今日を迎えています。最近の対抗戦は早稲田の一人勝ちのイメージで、去年は帝京だったものの、特に慶応は11月までに毎年1つくらいは星を落としているような気がしたのですが、今日の試合を見て、今年はいけそうな感じに思えました。対する明治は、少なくとも私の中にある無敵の明治とは程遠い展開。かつて、明治が憎らしいくらいに強い時期があったんですよ。少なくとも慶応に負けるようなチームでなかった。しかし、一体なんなんでしょうか?

ゴール前でフォワードが押し込まれる明治って?超巨大クエスチョンマークですよ。

 明治と言えばフォワードです。慶応はどちらかと言えば線が細く、かと言ってバックスのチームというイメージでもないのですが、その慶応にフォワード戦で後手を踏む明治は、なに?こんなの明治ではない。これで本当に国立で早稲田とやるつもりでしょうか?このままではボロカスにやられること間違いないです。恥かきます。やばいです。
 慶応は強烈なタックルが健在で、次の早慶戦に期待が持てる内容。今日は慶応の完勝でした。はっきり言って一方的でしたからね。これから早稲田、帝京と続きますが、早稲田は土曜に帝京に勝つには勝ったものの、ペナルティーゴールでしか点が取れていません。帝京も今年はあまり強くなさそうですし(というか、去年が特別だったんじゃないか)、上手くいけば慶応が対抗戦の一位を取れそうです。

 久しぶりにスポーツ観戦を堪能しました。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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