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スターリングラード

 ウランバートルで隣のコンパートメントにロシア人老夫婦が乗車してきた。昨日北京を出た時は、値段の高い高包車(二人用個室寝台)であるものの、ほぼ満室であったけれど、ウランバートルで私と隣の部屋のスイス人、そしてウランウデまで行くというロシア人夫婦以外みな降りてガラガラになった。ウランバートルで乗ってきたのは唯一このロシア人老夫婦だけであった。
 
 ヴォルガ河の河畔にあるヴォルゴグラードは、西南ロシアの一大都市である。モスクワからはパヴェレツ駅を出る特急列車で一泊二日。地域の産業の中心であり、ヴォルガ河の水運の要港であることは勿論、ロシア各地やウクライナなど周辺各国とも列車で結ばれる交通の要となる都市である。
 この街のかつての名はスターリングラード。スターリンの名を冠した街だ

 1942年夏、破竹の勢いで攻め込んできたドイツを中心とする枢軸国軍がこの街を包囲した。 ウクライナのハリコフ、現代でも西南ロシアの有力都市であり交通の中枢でもあるロストフ・ナ・ダヌーを落とし、ヴォルガ河まで進軍してきたのだ。ここから第二次世界大戦の激戦であるスターリングラードの戦いが始まった。
 スターリンの名を冠しているので赤軍は街の死守にこだわったと言われるが、必ずしもそれは正しくない。地図を見ればわかるが、この街を落とされるとカスピ海沿いのバクー周辺の油田群、イラン、トルコへ至る道筋が寸断されることになる。ソ連は何としてもこの街を守らなくてはいけなかったし、油田が欲しいドイツは必ずこの街を落とさなくてはいけなかったのだ。
 ソ連指導部はこの戦いに大量の赤軍を送り込んだ。ドイツ軍の度重なる爆撃と機甲師団による攻撃で街は廃墟と化した。映画「スターリングラード」では、主人公が乗ってきた貨車の扉が開くとすぐ目の前が戦場だったというインパクトのある映像で描かれるが、実際とてつもない戦いだったらしい。

 シベリアの退屈な旅、閉ざされた列車の中で隣の老夫婦と何度か話をした。あちらはモスクワまで行くとのこと。旦那の方はスターリングラードの戦いでドイツと戦っていた。その時の赤軍は人海戦術だったようで、銃が足りず、本当に映画のように先に倒れた人間から銃を取り上げて戦ったらしい。引き返そうものなら、後ろで睨みを利かしている政治将校に撃たれるのだそうだ。まさに映画と同じ。前にはドイツ軍、後ろは味方である筈の、でも自分らに銃を向けている赤軍将校。進んでも引いても地獄という戦いだったのだ。

 結局この戦いは翌年二月にソ連が勝利した。勝った赤軍はウクライナを奪還し、一気にドイツへ向けて反攻するのである。

 この老人、ヴァシリ・ザイチェフとも一緒に戦ったそうである。ザイチェフは腕の良い狙撃兵で、この戦いの英雄だ。ソ連最高の勲章でもあるレーニン勲章も受けている。ご存知の方もあろうが、映画「スターリングラード」の主人公である。映画ではジュード・ロウが演じた。
 私はあっけにとられた。
 にわかには信じ難かたい話だったが、この老人が言うのだ。本当だと信じることにした。
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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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