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姉妹ブログ「都電紀行」第三十話をアップしました

 今回のテーマは「人世横丁の酒~都電17系統の風景」です。

 東京有数の繁華街である池袋は若者の街です。特に東口五差路から延びるサンシャイン60通りは、いつも若い人達で賑わっています。この通りを少しずれると古くからの飲み屋が集まって営業をしている一角があります。
 是非ご覧ください。

「都電紀行」人世横丁の酒
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地下鉄銀座線

 銀座四丁目の喧噪も中央通りを京橋まで来ると静かなものになる。
 休日ということで中央通りは歩行者天国でたくさんの人が出ている。京橋側の銀座一丁目から車が締め出されてしまっているので、通りいっぱいにブラブラ出来るのは気分がいい。昔ながらの言葉に「銀ブラ」なる言葉があるけれど、なるほど銀座に車は似合わないということか。

 この辺りは江戸の頃からの繁華街である。東京の路面電車網や地下鉄はこの中央通り周辺を通るように発展していったのであるれけれど、平成の現代では山手線沿線に繁華街が分散していることもあって、区域交通網の集中と繁華街の繁栄は必ずしも一致しない。新宿駅に直結する地下鉄は三本。新宿三丁目を入れると四本になるが、丸ノ内線を除いては今ひとつ使いにくい。東京メトロと都営で経営母体が異なっていて使いこなそうと思ったら運賃の点で割高になってしまうのと、他の繁華街まで行きにくい為だ。渋谷も同様。銀座線はまだしも半蔵門線や副都心線など経路が今ひとつだったり、駅が地下深くにあったりして微妙に使い勝手が悪かったりする。だから、その繁華街に行くだけならいいのだけれど、街のはしごをしようとすると、何となく億劫になる。結局現代の繁華街が地下鉄網が計画された時期には外れの辺りに発展していることも挙げられよう。池袋などその最たる例だ。いわば乗り換え前提で路線網が作られているからだが、乗り換える為に地下の登り下りを強いられるなど面倒なことこの上ない。都バスの乗客に年配の方が多いのは単に敬老パスを安く購入できるからだけでは無いように思えるのだ。
 
 地下鉄銀座線は東京で最も古い地下鉄で、渋谷~浅草の全線開通は昭和14年。その当時は浅草区、下谷区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区、赤坂区、渋谷区。当然のように古くからの繁華街や住宅街を選んで走っている。何よりもこの線が良いのは、古いだけに地表すぐを走っているので乗るのが非常に楽だということ。副都心線などエスカレータで降りて行くのも面倒くさくなるのに対し、この線は出入り口の階段降りたらすぐに駅というのも珍しくない。最近は自分も面倒くさがりになったので、深く下りるくらいなら、バスがあるなら10~40円の差があっても都バスを選ぶことが多いけれど、この線だけは好んで乗る事も多い。開通当初から車両は変わっても駅の構造は基本的に変わっていないので、昔の建築を駅のそこかしこに見る事が出来て楽しい。ある意味、都心を走るレトロ電車みたいな所があって、戦後の地下鉄と違って先人の仕事っぷりを生きた形で見られるということは、この銀座線も立派な都市遺産と言えるだろう。

女性の車掌~「まもなく上野でございます」

 その昔、JRで女性の運転手やら車掌やらが目立ってきた頃、友人と「鉄道の世界では女性は違和感あるよな」などという話をしたことがある。勿論差別の意図はなく、子供の頃から運転手とか車掌とかは男性ばかりで、その仕草にある種の格好良さを見ていたからこのように思ったのだ。
 中国を旅行しだすとこれが勝手なもので、彼の国で男性の乗務員を見ると違和感を感じた。中国の鉄道では運転手や保線、車両検修などは男性社会だが、各車両に1~2人常務している列車員は圧倒的に女性が多い。また、駅の出札所も女性。中国は職業上の男女差別は日本以上に無いとされるが、こと鉄道の現場では男女の分業がしかれているように見えた。勿論乗務員の中にも男性はいるけれど、どちらかというと少数派であることには間違いない。

 日本の鉄道は長らく男性社会であったが、前世紀末期から女性の進出が増えた。車内案内で女性車掌の声を聞くのも普通になった。中国で普通に見ていた光景が日本でも当然のようになってきたので、ある意味日本も「進んできた」ということになったのだろうか。別に男性車掌の声が悪いという訳ではないが、女性車掌の車内はなんとなく車内が柔らかくなったような雰囲気になるのも事実だ。ますます増えているようなので、日本でも今後は車掌業務は女性の仕事という時代がやってくるのかもしれぬ。

 今日葛西の地下鉄博物館で、模型運転コーナーの女性が各線の営業キロとか開業年月日をそらんじて案内していた。まあ仕事だから当たり前なのだが、女性がこのような鉄道知識をペラペラ喋っているのも何か不思議な感じ。彼氏とかすごく喜ぶかも。コンパとかでも人気者になりそう。

姉妹ブログ「都電紀行」第二十九話をアップしました

 今回のテーマは「大相撲の顔~都電29系統の風景」です。

 今、両国国技館では大相撲の9月場所が真っ最中。日本を訪れる外国人にとって興味深いもののようで、国技館には旅行客と見られる人達も来ています。が、残念ながら、チケットの値が張るので気軽に見る訳にはいかないようです。
 是非ご覧ください。

「都電紀行」大相撲の顔

来たぜ!シェムリアップ

 ようやく体調も回復したところで、ブログも復活してみよう。

 成田からの飛行機がホーチミンのタンソンニャット空港に到着したのは午後2時半。ホーチミンに来るのは実に14年ぶりだが、今は乗継のみ。かすかに記憶のある暗く小さい空港ターミナルは国内線用となっていて、国際線は新しい近代的なターミナルとなっていた。入国はしないけどベトナムはベトナム。この国に飛行機で来たのも初めてだ。前は北京発ハノイ行の国際列車だったし。というか、その時は中国天津まで神戸から船だったから、ここホーチミンまでは日本から陸伝いに来たのよね、などと思いだしてみる。
 さて感慨になどふけっている場合ではない。乗継チケットを受け取り搭乗ゲートで大阪から来た相方と合流。いやあ、人を待たせてゆうゆうと到着していい身分だ、と軽く悦に入った?いえ入ってませんが何か。
 乗り継いだ飛行機は50分程でカンボジアのシェムリアップ空港に着いた。途中に見たトンレサップ湖は巨大だったが、それよりもメコン河からカンボジアに入ったあたりが洪水だったように思うのは気のせいでしょうか?あれは決してデルタ地帯の景色だとかそんな生易しいものじゃあない。東南アジアの雨季はそういうものかそれとも特別なものかはわからないが。
 乗客は日本人、韓国人、中国人のみ。日本人は個人のツアー客だが韓国と中国は団体。後で街に入っても思ったが、この旅行スタイルはここでの定番のようだ。この日本人の中でも送迎の付かない完全フリーは我々だけだった。空港からホテルは定額タクシーだが、当然のように運転手が翌日の車チャーターの話を持ちかけてきた。出だしなので警戒して交渉を持っていくけど、事前に調べていたのと比べても悪い内容ではない。結局タクシーではなくトゥクトゥクをチャーターすることに決定。なんだかんだ言うけど中東や北アフリカあたりでの交渉と比べれば、東南アジアの交渉などキツいものではないっす。
 ホテルはデラックスクラスだが、二泊連泊で一泊無料とかいうプランで、下手な中級ホテルに泊まるよりも安く滞在することが可能。ホテル代が安くついたから、当然というかそうでなくてもというか、相方が「スパやる」とか言い出すので、自分もその気に。こういうのって一人旅ではまあやることは無いので、アリがたかったりするのです。
 夕飯は市内中心部の少し手前のクメール料理レストラン。一ノ瀬泰造というカメラマンを知っている日本人が今どれだけいるか分からないが、彼がこの街で下宿中に通っていたレストランである。店内には彼の撮った写真が飾られていた。
 帰路は、声をかけてきたトゥクトゥクが「3ドル!」とか言うのを1ドルにさせて、ホテルまで夜風に吹かれて戻ったとさ。

姉妹ブログ「都電紀行」第二十八話をアップしました

 今回のテーマは「ROPPONGIの夜~都電6系統の風景」です。

 六本木はヒルズやミッドタウンの洗練された都会的な顔と共に、夜の繁華街の顔も持っています。その顔は、80年代~90年代のバブル期の空気や外国人街としての顔を色濃く出しているようにも思えます。
 是非ご覧ください。

「都電紀行」ROPPONGIの夜

姉妹ブログ「都電紀行」第二十七話をアップしました

 今回のテーマは「鬼子母神堂の駄菓子屋~都電32系統の風景」です。

 我が家の近所にある鬼子母神堂は歴史あるお堂。唯一残った都電の電停名に、その名を知る人も多いでしょう。ひっそりとただずむその空間に「東京の長閑」を見ます。また、境内にある駄菓子屋は都内最古の店と言われます。
 是非ご覧ください。

「都電紀行」鬼子母神堂の駄菓子屋

だから小沢を総理にしろ

 日本の政治家とは本質的に善悪は別にして地元への利益誘導が無いと務まらない、と以前書いた。大体政治家に聖人君子を求める方が間違っている。政治とは国家を預かる以上ある意味権力闘争の果てに成立するものであり、そんな世界を生き抜くには、綺麗ごとではやっていかれない。必然的にお金の話とは切っても切れにない所に存在する訳で、総理大臣が善人面している方が、何かあった時に大丈夫かと不安になる。国家の一大事に修羅場をくぐっていない者に任せられるだろうか、と思うのだ。

 何度も書くが、良くも悪くも日本の政治家とは佐藤栄作であり、福田赳夫であり、田中角栄である。これら日本型社会主義の実行者によって戦後の繁栄を享受してきたのは事実だ。その流れを最終的に破壊したのは小泉純一郎だが、それはこの国の「ムラ社会的共存世界」を破壊した。都会と地方がある程度まで同じ生活水準を高めることが可能になったのは、時代の要請と利益誘導を伴った古いタイプの政治家の実績である。果たして日本人は田中角栄を本質的に批判することが出来るだろうか?

 勿論金権体質を肯定するつもりはない。ただ人間対人間の義理人情とそれに伴う賄賂という伝統的な政治活動の結果が、日本をここまで発展させてきた、と指摘したいのだ。

 私は小沢一郎とは本質的に思想が違う。特にその「普通の国」に代表される国家観については一切共鳴しない。
 しかしある意味「日本型社会主義」を掲げるこの人物に今の日本を任せてみたいとも思う。彼に日本を任せることは、昔ながらの政治=良くも悪くも日本を発展させてきた政治が現代社会に通じるのか否か、という試みに他ならない。

 今一度言うが、政治家にクリーンな顔を求めてはいけない。金の話などあって当たり前だし、そもそも日本社会の根底にある「人情」とは、「まあまあいいじゃないですか」「ひとつここはどうかよろしく」という言葉と共にある袖の下と共に成り立つのだ。社会人になってある程度の地位に立つ人にとって、接待を受けるかもしくはしたことも無い人などいないだろう。程度の差はあれ、これだって立派な利益誘導だ。自分はしたりされてたりするのに、政治家はダメだなどと言いきれるのか?

 日本型社会主義の破壊とそれによる経済発展第一主義は、そもそもの日本社会や日本人の精神そのものと相容れないと考えるが、現代政治の実力者の中で最後に残った「社会主義者」小沢一郎が成功するかどうかは、国家百年の進路を決めることになろうと言っても言い過ぎでは無いと思うのである。

※社会主義者とは必ずしも左翼だとは言い切れない。ナショナリストとも通じるところがある。「国家社会主義」を唱えた有名人としては北一輝や、表場面に出てきた当初のアドルフ=ヒトラーなど。

長月日帰りバス旅行

 長月。
 諸々の理由で今月中旬に予定していた富士山に行かなくて済みそうな感じ。何故なら同行を予定していた人達が、体を壊して長期休養に入ったから。同行者は早く復帰してほしいが、富士山は自分にとっては結局見る為の山だったのだなと、一人で合点してみる。五合目まではいつでも行く気はあるけどね、車で。

 引っ越しの準備などでいろいろ忙しいのだが、最近妙に惹かれるバスツアーで日帰り旅行も計画中。探してみるとこれが中々面白い。取りあえず食べ放題が定番なのは分かったが(この辺がベタベタだ)、数千円で一日楽しめるのなら、まあ行ってみるのも面白いか、というものが多い。海外に行こうと思うと最低でも3日は一応かかるし、一泊二日の旅行も何度も行かれる訳ではないが(行ってるけど)、日帰り旅行なら予算も時間もそんなに心配する必要はない。
 で、紅葉で混む前に日光あたりを計画中。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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