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内幸町のシュプレヒコール

 今日(正確には昨日)たまたま日比谷公会堂の前を歩いていたら、シュプレヒコールが聞こえてきた。内幸町の国会議事堂へ続く道にはたくさんの警官が出て道を誘導している。おっとおっと、東京電力前でデモですかそうですか。

 山手線や京浜線の煉瓦ガードから東電本社前あたりは結構な人だかりだった。本社前には警備員だけでなく警察官も多数いて不穏な雰囲気で、デモの先頭を走る車からは大音量で「原発を即時廃止しろ」とか叫んでいる。その前を警察の車両が先導しているのだが、今にもその隊列が崩れるのではないかといったところだ。警察に先導されるデモというのも奇妙な光景だが、警官の一人は「あなた方のデモは違法な行為に走っているので即刻元のデモに戻りなさい」とかそんな意味が書かれたプラカードをあらかじめ用意して立っており、少しでも外れたら今にも警官が押さえこみに走りそうな物々しい雰囲気だった。ここ連日怒りの収まらない妻もデモに飛び入りする位の勢いだったが、今の状況を考えればその気持ちも十分に納得できる。

 子供の頃はまだこのようなデモがあちこちでやっていたような気もするが、沖縄以外でこのような話を聞かない。あの頃手を振り上げた人達は何処に行ってしまったのかと思うが、「時代」の一言で片づけてしまえば簡単かwww。

 今日は東電糾弾デモがこの内幸町界隈だけでなく、渋谷あたりでも開かれていたようだ。
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怒りのWindows

 最近Windowsの動作の重さに殺意を覚えている。Vistaから7に変えようかとも思っていたが、会社の7入りマシンがそれ程でもないので、アップグレード版を購入する気にも慣れぬ。

 結局デスクトップを使うのでもなくリビング常駐のMacBookAirがメインマシンとなりつつあり、これが普通の作業をするのには快適な訳でますますWindowsが遠くなった。尤も制作作業をするにはデスクトップを使う訳だが、ストレスが沸点に達するまでに端末を入れ替えようかと本気で考える。

 この調子だと次は間違いなくMacになるが、問題は制作ソフトがWindows版であること。これを何とかクリアする方法を考えないといけない。

こんな列車に乗ってました エジプト編

エジプト編です。

 エジプト旅行は格差の旅行でもあります。
 お金を使おうと思えばいくらでも使えるし、使わないでおこうと思えば極限の貧乏旅行も可能です。この辺りは中国旅行とは異なる所で、中国では金を使わないことは可能ですが、金を使い過ぎようと思っても高が知れていたりします。そこに行くとエジプトは、かつてイギリスの貴族が遊んだ国ですので上を見た旅行はいくらでも可能です。

 カイロから上エジプトのアスワンまで向かうとしましょう。
 日本からのツアーでもナイル河沿いにあるアスワンは訪れる所です。ここは更に奥にあるアブシンベル神殿の入り口。ただしこの街の少し南に、エジプトが世紀の大工事を以て完成させたアスワンハイダムがあるので、ナイル河を上がって行っても行かれるのはこの街まで。かつてはそれこそアブシンベル辺りへも行かれたようですが、このダムによってその水路が断たれるてしまいました。観光客には残念ですが、その代わりにエジプトはナイル河の氾濫を克服することが出来ました。

 アスワンへ移動する手段はお金持ち順に以下が挙げられます。

1)ナイル河を船で上がる
 アガサ=クリスティにも出てくるアレです。およそ上流階級と呼ばれる人々の道楽旅行はこの船に依って成り立ちます。実際オリビア=ハッセーみたいな人がいるかどうかは知りませんが、映画に出てくる光景は、ナイル河クルーズ船に依って出来あがるのです。日本人は殆どいません。このレベルには社交が求められるので、乗る人々を選びます。
「ナイルに死す」

2)観光用寝台列車「ナイルエクスプレス」とか
 観光客用にエジプトが走らせている特別列車です。カイロを夜出てアスワンには朝到着する夜行列車。勿論寝台列車で、ボーイによるサービスもあります。賛否はあるようですが、旅情は多少望めます。朝夕の食事も付いています。私が旅行した96年当時は、上エジプトに向かう列車は夜行列車が殆どでした。で、寝台で横になりたければなんとこの観光用列車に乗るしかなかった。エジプト人用の列車には寝台が連結されていなかったのです。けれど値段も一般列車とは比較にならないくらい高く、列車で夜を越すのには基本的に寝台と決めている自分でも乗るのを諦めたくらい。
 日本人のパッケージツアーだと、この手の列車を使う事もあります。「シャワーは付いていますか」などと尋ねるのはやめましょう。列車の旅に多少の不便はつきものです。

3)飛行機
 とにかく時間に余裕が無い日本人旅行客にはぴったり。旅情とは一番対極にありますが、その代わりに「ラク」という言葉が保障されています。日本のパッケージツアーでは飛行機移動が一般的。

4)一般列車(特急・急行クラス)
 一般エジプト人用。座席車のみですが、エアコンが付いており、まあまあ快適な旅行となります。見たくもないテレビも付いていたりしますが。エジプト人の中でも身なりのしっかりした人が乗る列車で、少しばかり旅行してきた旅行者なら全く問題なく旅行出来ます。私が上エジプトへ向かう際に乗車したのもこちらです。このクラス以下では、基本的に一般的日本人旅行客はいません。

5)長距離バス
順位としては微妙ですが、敢えて下から二番目に持ってきました。狭い座席で夜を越すことになりますが、アジアや中東の長距離旅行にはバスが付きものですので、それらの国で長距離を走ってきた旅行者なら行けると思います。4に乗らない人はこちらに乗るかも。値段も安いし。

6)一般列車(普通列車クラス)
 窓ガラスが無い場合があります。座席も垂直です。車内もキタナイです。スピードも遅い。けれど長距離も走っています。殆ど唯一の長所は安いこと。よく一般庶民の生活を垣間見るには、最安の座席列車に乗れなどと言いますが、別にここまで落とさなくても見られるので、長距離を移動するのに乗る意味はないと思います。金に困っていなければ。
 ちなみに私はアスワンからルクソールに移動する時にこのレベルの列車に乗りました。別に乗りたかった訳ではなく、移動したい時刻にこの種の列車しかなかったから。
 今考えると設備は段違いにバスの方が良かったと思いますが、多分値段に負けたのだと思います。

番外)ラクダ
 交渉したことがあります。さすがにカイロからアスワンなどは無理ですが、ラクダのエサとラクダ使いの食料や水を用意し、お金を積めば行ってくれることも可能です。特に沙漠のオアシス方面などに。


今回は自分の列車紹介までいきませんでした。次回改めて列車案内をいたします。(つづく)

こんな列車に乗ってました 中国編

自分が乗った海外・国内の列車を記憶をたどって記してみます。

まずは中国からです。

●上海→貴陽 94年8月 直快151次 軟臥
記念すべき中国初列車。良くも悪くも中国の洗礼を受けた。同コンパートメントの中国人達に非常にお世話になった。この列車での体験が、自分の中国への付き合い方を決定づけたとも言える。まだ沿線では蒸気機関車が貨物を引いていた。
●貴陽→昆明 94年8月 快客323次 硬臥
改造空調車。いわゆるクーラー付。切符代に空調費が含まれていなかったので、乗務員から「払え」と言われてもめた。結局踏み倒したが、その後、中国では空調に金が必要なのだということを知った。
●攀枝花→成都 94年9月 快客322次 硬臥
雲南から四川へ向かう時に乗った。切符は外国人用ではなく人民用切符で、バレないかとハラハラした記憶がある。
●成都→重慶 94年9月 直快221次 硬臥 列車は成都発南寧行
やっとの思いで手に入れた成都脱出便。これも人民用切符だった。これは成都駅で乗務員にバレて乗車拒否に遭いそうになったが、列車長の計らいで乗ることが出来た。
●武昌→杭州東 94年9月 直快221次 軟臥 列車は武昌発上海行
当時軟臥は庶民が逆立ちしても乗れない車両だったからか、武昌駅の出札で「軟臥一枚」と言ったら「こんな貧乏そうな若造が乗るのか」と溜息をつかれた記憶がある。
●杭州→上海 94年9月 快客362次 軟座
記憶にない。旧駅舎の杭州駅は中国風の立派な建物だったような。
●北京→吐魯蕃 95年8月 特快69次 硬臥 列車は北京発烏魯木斉行
車中3泊4日。3日目からはひたすら沙漠を走る。何も無いところに夕陽が沈む景色を初めて見た。
●北京西→ハノイ 96年8月 特快5次 軟臥 国境のベトナム側ドンタンでベトナム車に乗換
北京西駅開業。中越和解を受けて復活した国際列車に早速乗りに行った。今と違ってベトナムはビザが必要で、出入国地点が指定されていた。日本で取るビザはハノイかホーチミンの空港でないとダメだったので、北京でビザ取得に1週間足止めをくらった。
●上海→青島 06年4月 快速K294次 硬臥
中国行再度復活の列車。昔と違って切符が格段に取りやすくなったのを体感。ガラガラの列車も初めて見た。食堂車の料理は今までの中で最低の列車。 
●大連→長春 06年9月 特快T457次 硬臥
夜遅く出て早朝に到着の、寝るだけの列車。食堂車も無し。当然記憶が無い。
●長春→哈爾濱 06年9月 普快1417次 無座 列車は徐州発哈爾濱行
自分が乗った中国の列車で、最も民度が低かった列車。でも非空調の昔の車両を使っていて、雰囲気はあった。
●天津→北京 06年11月 特快T552次 軟座
中国着の飛行機が天津行だったので、北京に出るために乗った。2階建の気動車列車。記憶にない。
●北京→モスクワ 06年11月 国際聯運K3次 高級軟臥
自分が乗った中で一番強い印象を残した列車。モンゴル経由ロシア行。5泊6日。
●広州→三亜 07年6月 快速K407次 硬臥
途中、船に列車を積み込んで海峡を渡る。海南島まで無理やりに走らせる強引な列車。貴重な体験です。
●上海→蘇州 07年9月 快速K294次 硬座 列車は上海発青島行
同日の北京行が取れず、ストレス発散の為に乗った列車。乗りたかったのではなく、上海を一番最初に出る切符を買ったらコレだった。
●蘇州→上海 07年9月 特快T771次 硬座 列車は合肥発上海行
上の列車の上海戻り用。機関車は周恩来号。2階建列車で大学の学生らしき集団に周りを囲まれながらの乗車だった。
●上海→天津 07年9月 直達特快Z42次 軟臥
北京行の代わりに乗った直達。上海の次の駅は終着天津。1300km以上無停車で衝撃を受けた。天津駅は改装中で、臨時駅に着いた。
●天津→北京 07年9月 動車組D534次 二等座
天津送りになった為に乗る事になる。地下鉄以外で中国で初めて電車に乗った。車両は日本製の新幹線型。当然快適だった。
●北京西→九龍 07年9月 特快T97次 高級軟臥
北京から香港に向かう為に乗った。高級軟臥は一両16名。他の車両はからっぽだったが、この車両は満室だった。
●上海→拉薩 07年11月 特快T164次 軟臥
いわゆるチベット鉄道。途中標高5000mの峠越えがある。天気に恵まれたので風景は文句なし。中国国内で完結する列車としては、自分が乗った中では最長距離を走った。実際、定期列車では中国で2番目に長い列車でもある。
●成都→北京西 07年11月 特快T8次 硬臥
非常に思い入れが深かった列車で、とても良い列車だった。乗務員の質は高く、食堂車の料理も最高。さすが四川を代表する歴史ある看板列車だけのことはある。
●北京→上海 08年1月 直達特快Z13次 軟臥
これも伝統の列車。日本で言えば「つばめ」であり「富士」である。現在では相次ぐ高速化により廃止されてしまった。
●北京→天津西 08年3月 快速K161次 硬座 列車は北京発南京西行
寧夏に行く旅行だったが、宿泊を天津に取ったために乗る事になった。乗務員の質は高かった。
●天津西→北京 08年3月 特快T64次 無座 列車は合肥発北京行
一応、安徽省の看板列車である。けど記憶無いなあ。天津西駅の待合が暗かったことだけは覚えているが。席が無かったら食堂車で時間をつぶすつもりだったが、何とか座れたことだけは覚えている。
●北京西→銀川 08年3月 快速K177次 硬臥
中国全省全自治区全直轄市全特別行政区訪問を達成するために乗った列車。寧夏をクリアしたことで、残すは福建省だけになった。
●北京西→厦門 08年9月 快速K307次 硬臥
で、当列車により全行政区訪問達成。とにかく長く感じた列車だった。福建省内がずっと山続で、ある意味風景に代わり映えがしない。その分アモイに到着した時は「到着した」達成感が強かった。
●重慶→北京西 09年5月 特快T10次 硬臥
中国で切符を取るのが困難な列車の一つ。久しぶりに訪れた重慶を脱出する為に乗った列車。可もなく不可もなく。
●北京→蘇州 09年5月 直達特快Z85次 軟臥
本来乗る筈だった北京発杭州行T31次の発車時刻が未定となってしまい、急遽乗車変更を行ったことで乗った列車。
●蘇州→上海 09年5月 快速K233次 無座 列車は石家庄発上海行
とにかく昼までに上海に着かなくてはいけなくて、蘇州駅に到着してすぐに買い求めたらこの列車になった。食堂車で朝ご飯を食べようと思ったら営業終了とかですぐに追い出された。

ミンスクからキエフに向かう線路には

 ミンスクを20時50分に出るキエフ行第86列車は、綺麗な車両だった。紺碧に白一本線のベラルーシ国鉄の車両は、前の日に乗ったペテルブルグ発ミンスク行と同様に美しく整備されており、旧共産圏国家は何処でも共通の一両に一人が付く乗務員も、車両に合わせたかのような青色のオーバーコートだった。中国にしろロシアにしろ、鉄道の乗務員は主に女性の職業である。
 当日の朝、ミンスクに到着してすぐに買い求めた切符は下段が無くて上段寝台であったが、同じコンパートメントの下段をウクライナ人の老夫婦が占めていたので、別に気分は悪くない。この切符を買うまでは、ウクライナへ向かうか、昼間にミンスクを出るモスクワ発ベルリン行に乗ろうか決めかねていた。どちらにしても目的地はイスタンブールであり、ベルリン行をワルシャワで降り、クラクフを通り、ブダペストからベオグラードを抜けてソフィアに入るのも案の一つだった。勿論キエフからルーマニアに向かった方が距離的には近かったが、中欧を縦断しても走り続ければ時間はそれほど変らなかったのだ。

 ミンスクを出た列車は深夜半にゴメリに着いた。食堂車でビールを飲んで酔っぱらっており、列車の振動に揺られてもいるのでいい気分になって寝ていたが、ここゴメリで役人にたたき起こされた。国境審査だ。実際には国境まで40kmほどの距離があるけれど、規模の大きいこの街で審査をやってしまうようだ。ロシアとベラルーシの間には国境審査は無いのでノーチェックでベラルーシに入っているのだけれど、しっかりビザは要求される。この深夜の数分の為だけにベラルーシビザを取らなくちゃいけなかったのかと思うとアホらしく思うが、決まりだから仕方がない。ベラルーシには何処の街から入ったのかは知らないが、出国スタンプにはキリル文字で「ゴメリ」と押された。

 ミンスクからキエフに向かうのにゴメリを通るということは、少し東側に大回りすることでもある。直線距離でミンスクとキエフを結べばもっと近いのだが、そのようには通らない。地区の中核都市であるゴメリを経由するという理由もあるが、それ以前にまっすぐに走れないのである。かつては線路が走っていたようだが、ある時点で消えた。何故なら、線上の途中近くにチェルノブイリという街があり、そこでとてつもない原発事故が起こってしまったからだ。

 チェルノブイリはウクライナの都市だが、原発事故ではその被害の多くを北に位置するベラルーシ側にもたらした。100km強の南に位置する首都キエフよりも、ベラルーシ側の方が被害が大きかった。自分が通ってきたゴメリはチェルノブイリから170kmだか180kmの距離だが、被害があった都市である。事故当時、風は東から北に向かって吹いたので、キエフの被害は甚大ではなかった。逆にベラルーシ側がやられることになり、100km圏内の住人が疎開させられたそうだ。

 事故から25年を経た今でも、チェルノブイリの半径30km圏内はごく最近まで立ち入り禁止区域になっていた。今は汚染の程度が薄れたということで、どういう訳かキエフからの観光ツアーが催行されているが、居住禁止区域であることには変わりはない。また、汚染地域は半径300kmにも及ぶとのことだ。勿論この範囲にはキエフも含まれている。
 私はゴメリもキエフも通っているし、途中の線路はもう少しチェルノブイリに近いところを走っているので、今更放射能の量が少しばかり多くなったところで個人的には気にするのも遅いような感がある。ミンスクでベルリン行に乗ろうかキエフ行に乗ろうか迷った理由は唯一チェルノブイリにあったのだ。

 今日、福島原発事故がチェルノブイリ同等クラスと発表があった。その後、今に至るチェルノブイリを見る時、原発事故地周辺が何十年も立ち入り禁止になることが無いようにと願う他ない。

飛鳥山

 色々あって更新が滞っておりました。

 満開の桜を受け、飛鳥山に出撃。鬼子母神前の電停は乗る気満々の人達でいっぱい。まあ、今日は一年で一番電車が多く走る日だから..なんて思っていたが、これが中々来ない。早稲田へ下りる電車は立て続けに4両来たものの、こちらに上がって来る電車が来たのは、電停で立ちつくすこと10分後。おいおい、こんな日にまさか節電の協力なぞしていないだろうな。電車が少なくて乗客を積み残しては本末転倒だろうと。で、上がってきた電車は超満員。途中の電停では乗れない乗客多数でした。

 満員電車が少し楽になったのは庚申塚を過ぎてだが、それでも飛鳥山まで押しつぶされそうになりながら辿り着いた。案の定山は見事な桜の「森」に囲まれており、陽気の良さも手伝って人が多い。都知事が「今年は花見を自粛しろ」と上野の山に精神的規制をかけていたが、この都内随一の桜の名所でも毎年やっている祭囃子みたいなのは聞こえない。去年はここで会社のスタッフと宴会をやったが、今年は写真を撮りに来ただけなので、山の外で大人しくしておく。

 明治通りも本郷通りも車が多く、その間を縫うように都電が王子の方へ駆け下って行くのを何枚かに収めた。

 金曜は会社が終わった後に早稲田までバスに乗って、神田川の夜桜を愛でた。街灯が少ないので雰囲気には欠けたが、それでも桜はお見事。今週は会社が少し早くはけそうなので、九段か上野か隅田川まで出て、もう少し季節を楽しんでみることにしよう。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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