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鴬谷~下谷 街景色

 鴬谷駅を降りるのは初めてだ。これで山手線全駅制覇とかつまらないことを思いながら、北口を出た。
 ターミナル上野駅を隣に持つのに、この駅前の狭さは何なのかしらんと思う。駅前の食堂「信濃路」は、「東京ひとりめし」とか「昭和を残す東京」とか「ディープ東京」系の雑誌では良く出てくる24時間営業の純大衆食堂で、今回初めて足を踏み入れてみた。水の前にいきなり灰皿が出てきたところから期待をさせてくれる。隣のテーブルは50代近い男女だが、明らかに夫婦では無い。女性の方は化粧で固めて少々派手な服に身を包んでいる。このいい年をしたカップルが昼間からジョッキを空けており、このような年配の人が店の中でたむろしている。鴬谷駅周辺は山手線から見ても妖しく空気がよどんでいるが、その雰囲気を店の中まで持ってきてしまっている。山の手のハイソな人達などいる訳もなく、渋谷あたりの若い人達や、秋葉原のオタク系、何処かのインテリ系が来るような所ではなく、上野辺りの雑然とした空気=つまりは東京の底辺近くによどむ空気をこの周辺で噴き出しているようにも思える。勿論私はこのような場所を徘徊するのは嫌いでは無い。妻が注文した、この雰囲気にはどうみても場違いのメニューであるスパゲティナポリタンには、味噌汁が付いてきた。

 駅前を言問通りに出た。通りを渡ると根岸になるが、ここは下町の普通の住宅街であり、鴬谷駅の雰囲気とは違う。私の住む雑司が谷近辺と同じように洗練された雰囲気とは無縁の静かな住宅街である。細い通りのまっすぐ向こうには東京スカイツリーがそびえ、多分これから東京の風景となるであろう下町の住宅街と最新式の塔の組み合わせが、ここにも見える。私の大好きな景色。東京タワーが建った時もこのような景色だったんではないだろうかとも思う。

 駅から7~8分といったところで、今日の目的地である小野照崎神社に到着した。
 ここはご存知の方はご存じだが、非常に「力の強い」神社として知られている。売れない時代の渥美清がここにお参りに来たところ、「男はつらいよ」の主役となった、という話が最も有名だが、他にも芸人がここでお参りをしたら舞台を貰えたとかいう話もいくつかある。つまりは御利益が強いという話。この神社には古い木がそびえているが、これを見ると確かに強い神様がいるのかもしれぬと思えてくる。東京は空襲や関東大震災でひどくやられているので昔の大木などあまり見る事はないのだが、台東区のど真ん中でこのようにそびえているということは、奇跡的に空襲の被害を受けなかったということだ。本殿も慶応時代建立と言うから震災もくぐり抜けてきたことになる。
 勿論私も家内安全をお参りしてきた。

 根岸から東に入ったこの辺りは下谷で、引き続いて古い住宅街。ここにある古い民家を改装したカフェで午後の有意義な時間を怠惰に過ごした。

●小野照崎神社
上26系統「亀戸駅~上野公園」、草41系統「足立梅田町~浅草寿町」にて「下谷二丁目」下車。
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中国高速鉄道の事故に思う

一応中国の温州で起こった高速列車事故について。

 最初に私が中国に行った時、北京発福州行の列車は所要2泊3日だった。3~4年前あたりに直達特快というバカ早い列車が北京から福州まで走り、これが確か所要20時間弱程度で行くようになった。この時は本気でたまげた。で、高速鉄道になって13時間半となって日着が可能に。いや、その国土の広さを考えれば、そのスピードは革命的。ちなみに今回の事故の片割れは北京南発福州行の高速列車です。本当は事故で前を走っていた列車よりも先に温州に着いていなくちゃいけないということだが、この国ではこのようなダイヤの変更は日常茶飯。前を行く筈の列車が遅れていたなら、車両さえあれば遅れている列車よりも先に走らせるという経験は、私でさえ一度や二度じゃないです。
 かつて列車は飛行機よりも安全ということで、飛行機で数時間でも列車で2泊かけて移動する人々も多かったが、高速鉄道での問題の連発で飛行機を選ぶ人が多くなるのも不思議じゃない。

 ま、自分なら北京~上海を5時間で行ってくれる高速鉄道よりも14時間程で行く客車の夜行特快を選びますけどね。もうあとしばらくして運用が慣れてくるまでは、在来線の長距離列車や飛行機を使った方が良さそうです。

サーカス

 ある事からボリショイサーカス団のチケットが手に入り、観劇に行くことになった。

千駄ヶ谷駅に着いたのは朝9時30分。もう既に夏の空気は暑く、早く中に入りたいという気にさせる。自由席の入り口らしき所には行列が。また、指定席のチケット売り場も列が出来ていたが、一応招待券ということにで特に並ばずに済んだ。
 
 サーカスを見るのは確か三度目で、一度目は地元で、二度目は上海で、で、今回が三度目である。上海のは勿論上海雑技で蘭心大劇院で見た。この建物がまたいいんです...などと書いていくと話がずれる。

 ボリショイサーカスはロシア国立サーカス団で世界的に有名。もっとも何千人とかの集団で、その一部がそれぞれグループを組んで世界中を公演して回っている。

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 いや、問答無用で面白かったです。ごくたまに失敗とかもあるんですが、こういうのを見る時は失敗を許せるおおらかさは必要ですね。神技の連発で、そのレベルの高さは間違いない。おなじみの空中ブランコとかボール芸は勿論のこと、ジャンプして10mくらいの高さにある椅子に座るとか一本足の竹馬みたいなもので一回転するとか(縦にですよ)、熊の縄跳びとか。まあよくこんなことを思いつくなということまで存分に楽しませてくれます。ロシアのサーカスは曲芸というよりも芸術を求めるらしいのですが、十分に曲芸。伝統的に馬の曲芸がその中心となるようで、これがトリ。走っている馬上で立つとか、胴を背中からお腹を伝ってまた鞍に座るなんてことを、走っている馬の上で見せてくれます。道化師の出し物では観客も交えて即興で芸を見せ、会場で楽しんでおりました。席が真正面の目の前で最高の位置だったこともあって、おなかいっぱいで会場を後にしました。

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 その後新宿に出て昼食を取ったあとフラフラしながら新宿末広亭。昼の部では林家ペーとか正蔵とか出ている。昼夜入れ替え無しなので入ってそのまま夜の部まで行ってもいいかと思ったが、その前に近くにあるオープンバーでビールが入ってジエンド。
 「どん底」がやってたらそちらに行ったのだが、まだ営業開始には時間が早いというそんな時間の出来事。

ペナン島のコロニアルホテル再び!

 夏休みはペナン島です。97年に続き14年ぶり2回目の訪問となります。

 何度か書いているかと思うのですが、アジアでホテル滞在を楽しむのであれば歴史あるクラシカルなホテル滞在の方が良いのではないかと思っています。勿論世界的なチェーン、シャングリラとかハイアットとかが悪い訳では無いのですが、アジアにはアジアでしかない、つまりはアジア独特の空間が広がっているホテルというのがあります。欧州なら欧州らしい、中近東なら中近東らしい、日本なら日本らしい、というのと同じ。世界的なハイクラスホテルのチェーンは失敗が無く安心感はありますが、ある意味面白味が無い。

 昔と違い、ある程度の年にもなりお金もついてくるようになって、旅行の仕方というのが変わってきました。今でも現地で切符を買い、ホテルを探すのは苦ではありませんが、少なくとも宿泊だけは安宿のドミトリーという気にはならず、お金を払ってでもそれなりのホテルに滞在するようになってきました。そのような中で、特にアジアでは単に部屋やサービスがしっかりしている、というのではなく、雰囲気を重要視したい。ここで言う雰囲気とはゆったり流れる空気を指すと言ってもいいと思いますが、そのようなホテル滞在になるべくこだわりたいと思っています。

 このような好みを満たしてくれるのは、概ねアジア的洋風の歴史あるホテルです。

 アジア的コロニアル様式を代表とする洋風建築は、イギリス人やフランス人が東洋に進出してきた際、アジアの蒸し暑さと強い日差しを避ける為に編み出した洋風建築。もしくはその設計を模した建物。今に残る建物は良く言えば歴史があり、意地悪く言うと古臭いのですが、この雰囲気がたまらなく好きです。他の地域にありそうで無いんですね、その雰囲気が。アジア独特のものです。

有名どころでは

シンガポール:ラッフルズ
香港:ペニンシュラ
ラングーン(ヤンゴン):ストランド
サイゴン(ホーチミン):マジェスティック
上海:和平飯店
などでしょうか。


 これらアジア的洋風ホテルは、洗練という意味ではアメリカ系チェーンホテルには劣りますが、雰囲気という点では抜群です。上記ではマジェスティックと和平飯店には滞在したことがありますが、どちらもゆったりとした時間を楽しんだ記憶があります。ラッフルズやペニンシュラは別として、これら洋風ホテルはその雰囲気の割に値段は驚くようなものではなく、滞在を楽しむには手ごろなレベルにあるので、畢竟アジアに行く時はこの種のホテルを選んで滞在することになります。

 で、再度のペナン訪問です。前回は国泰旅社というコロニアル様式全開のホテルに泊まりました。安宿ですが。このホテルについては以前当ブログに書いたことがあるのですが、何故かアクセス数は当ブログの中でも高い記事であります。

世界の街の物語「国泰旅社」

 今回もコロニアル様式のホテルに滞在。
 かつて「スエズ以東で最高のホテル」と称された「イースタン&オリエンタル」です。え?ラッフルズは?というツッコミは無し。1884年築。ペナン島はリゾートとして知られますが、由緒は英国海峡植民地。街と建物を楽しめる所で、前に行って気に入りました。こういう歴史ある暑い東南アジアでの優雅な時間は...そりゃあアフタヌーンティーに決まっているでしょう(笑)。イギリス人は東洋に来てこんなことをやっていたのかと。今からだらけるのが目に見えています。

週末は黒部峡谷へ

 この週末、黒部峡谷に行っておりました。
 気晴らしに東京を出て緑と温泉と食事を満喫するため。今日は疲れてもう書けませんが、以下のルートにて。

金曜:新宿→(高速バス)→
土曜:→富山→(富山地鉄)→宇奈月温泉→(黒部峡谷鉄道)→欅平→(黒部峡谷鉄道)→宇奈月温泉(泊)
日曜:宇奈月温泉→(富山地鉄)→魚津→(JR特急)→越後湯沢→(新幹線)→上野

取りあえず満喫です。

夏の神楽坂徒然

 昨夜のテレビ番組を見て久しぶりにファーストキッチンに行こうという話に。新宿と飯田橋に有るのは知っていたので、飯田橋の方の店に行ってみた。普段そんなに考えながらファーストフードを食べている訳ではないが、番組の紹介で相当必死になって商品開発をしているのを見ると、目の前にあるメニューも何となくすごく見えてくる。自分はクリスピーチキンバーガー、妻は海老カツバーガー。ファーストフードを思い立った時にはマクドナルドに行く機会が殆どだが、こうして足を踏み入れてみると、こちらの方が美味しいように思えてくるから不思議だ。

 牛込見附から神楽坂下に出た所、外堀のほとりに「Canal Cafe」というのがある。この店、東京の喫茶店特集とかでよく紹介される事も多いが入ったことがない。レストランとセルフがあり、レストランはきっちりした値段がするがセルフはふらっと入れるレベル。外堀の向こうにオレンジや黄色の電車を見ながらボーッとするのも良いかと思ったが、神楽坂をフラフラしたいとの声があるのでそちらに足を向ける。ちなみにこのカフェ、「東京水上倶楽部」という団体がやっており、元をたどるとその創業は大正年間。外堀のボート乗り場として始まったという歴史がある。勿論今でもボートに乗る事が出来る。

東京水上倶楽部

 神楽坂は高級な料亭街のイメージがあるが、それは坂を少し奥に入った所の話。通り正面は洒落たレストランに並んでパチンコ屋とか天下一品とかもある、いたって歩きやすい街だ。程良く人が歩いているレベルで茶髪の中高生などは居ないし、変にハイソな訳でもない。かと言って変な人も歩いておらず広くも無いので、自分達の中ではふらつくのには丁度良いレベルになる。名前先行の麻布十番とかと似たような感じですかね。広尾や白金あたりのお店で時間を過ごす人達は、実はこういう街にはあまり来ないのではないかとも思う。少し脇にそれれば民家を利用したカフェとか古い旅館とかもあったりして、高いビルに街自体が囲まれる中でも何とかそれに飲みこまれないように頑張っているようだ。立ち並ぶレストランもびっくりする程高い店は殆ど無く、プライドを傷つけない程度の値段で食べさせてくれるところが多いので入りやすい。言って見れば30代になってからが楽しい街ではないか。自分の中では、みすぼらしい所は嫌だが洗練さとか都会的というのももうどうでも良くなってきつつある。そんな欲求にこの街は応えてくれるのではないかと思うのだ。

 で、昼間の3時からビールを飲んで酔っ払っておりました。

 街は暑いけれどまだ耐えられます。
 石畳を下るとオニヤンマらしきトンボとかも飛んでいた。京都や大阪の街中では見たことが無い。
 通りには水羊羹屋。勿論風鈴の音色付き。目と耳で涼しくなる。これも暑さを乗り切る先人の知恵かもしれぬ。古き東京の風情です。

●神楽坂
飯62系統(都営飯田橋駅~小滝橋車庫)にて「牛込神楽坂駅前」下車。

夏入りかけの夜の夢

 アホみたいに暑い中で端末になど向かってられないんで、クーラーをつけている。除湿機能の方だが。これでようやく作業が出来る。

 もう日本は熱帯だと思えばいいんです。東南アジアとかで自分がやっていたことは?
 オープンカフェで「コーラくれ~!」「オニイサンツメタイノアルヨー」...をいをいホットコーラかよ。そこにある冷蔵庫って本当に冷蔵庫か?(怒)。でもこんな状態でだらだらしていたことですかそうですか。クーラーとかありませんでしたが。

 只今の電力使用率は約59%です。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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