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秋晴れの等々力渓谷

 秋晴れで一気に涼しくなり秋本番の雰囲気。先週までの蒸し暑さが無くなってこうも爽やかになってくると、何処かへ出掛けたくなる。三連休の中日、家にいるもの勿体なく、前にYahooの特集で見ていていつか行ってみようと思っていた等々力渓谷へ、今日訪れることにした。

 渋谷駅で東急のトライアングルチケットなるものを購入。渋谷~二子玉川~自由が丘~渋谷の三角形を自由に乗り降り出来て390円という期間限定のフリー切符。Yahooの特集では「女子旅にオススメ」とかで、代官山で買い物をして自由が丘でカフェを楽しみ、等々力渓谷で癒され、二子玉川と三軒茶屋でご飯を食べて帰るという一日旅行を提案していた。まあ、そうまでしなくても等々力渓谷と自由が丘か代官山で買い物をしてしまえば元が取れてしまうのでお得なのは間違いない。

 田園都市線を二子玉川で降りて大井町線へ。この駅、多摩川にかかるように駅のホームがあり、高架駅であるので見通しが効く。ここまで来ると住宅街で高いビルが無く、多摩川の抜けるような風景と相まって気分が良い。大井町線で2駅程行った所に目指す等々力駅はあった。

 住宅街の小さな駅からは歩いてすぐ。住宅街の中に急に林が現れた。ゴルフ橋という近くにゴルフ場が無いのに名のつく橋のたもと、渓谷に降りる階段があった。案内に依れば谷の両脇の林は自然林で川は護岸がされているものの、東京区内唯一の渓谷とのことだ。なるほど、確かにここを歩いていると都市のど真ん中という気は一切しない。三連休ということもあってか歩いている人も多い。このような谷底を流れる川としては、かつて王子駅近くの音無川がそうだったいうけど、今はコンクリートの公園になってしまっている。そちらも昔は川に沿って散策が出来るような所だったらしい(昔の写真も残っている)が、暗渠になってしまった。こちらの等々力渓谷は、それは山の中の渓谷と比較してしまったら比べるような規模ではないけれど、休日の散歩で東京の雑踏を抜けだして癒されに行くのなら十分。渓谷の終端にある等々力不動にもお参りしてきた。

 いよいよ秋本番です。


●等々力渓谷
東98系統(東京駅~等々力操車場)にて「等々力駅前」下車
一応都バスでも行かれます。
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イースタン&オリエンタル ホテル

 イースタン&オリエンタルはかつて「東洋の真珠」と言われたペナン島にある、英国コロニアル様式のホテル。略称は「E&O」。現地ではこちらの方が通じるようである。

 英国東洋航路がどのようなルートを取っていたのかは手元に資料が無いので不明だが、ボンベイやカルカッタ、ラングーン辺りから下りてきてシンガポールに至る途中にあるこのペナン島に、多くの人々が降り立ったのは間違い無い。人が降りればホテルが必要となる。ここイースタン&オリエンタルは、東洋を訪れる上流階級の宿泊地かつ社交場として営業していたコロニアル様式のホテルである。

 コロニアル様式随一のホテルと言えば、シンガポールのラッフルズである。シンガポールに旅行に行けば、大抵ラッフルズアーケードと言われるショッピングモールに行くことが多いが、それはホテルの裏側。玄関側は庭からエンタランスに車で乗り付けてインド人のベルボーイに案内してもらうというプロローグ。これは宿泊客でないと味わえない。香港のペニンシュラだとすぐ目の前がバスターミナルになっており、ひっきりなしに車が通るのでそのような意味では普通のホテルになってしまっている。さて、歴史上の兄弟ホテルとも言われるイースタン&オリエンタルはどんなものか。

 空港からタクシーで乗り付けた所は小さな前庭。時間的なものかそれとも近くに駐車場がないからか、車寄せにはレストラン目当ての車が多く停まっていて、ラッフルズのようにはいかなかった。映画に出てくるようなイギリス軍の帽子をかぶった兵隊姿みたいな格好をしたマレー人ベルボーイに連れられてフロントに案内された。さすがにコロニアル様式の建築。天井が高い。この種のホテルは風通しが良いように窓が大きく造られているが、今の世は冷房第一のようである。フロントからロビーのソファに案内されウェルカムドリンクである何かのカクテルが出てきた。客を立たせてのチェックインでは無い。

 案内された部屋は海側。真正面にマラッカ海峡を望む。部屋は2つ。大きなリビングとベッドルーム。そしてこれまた大きなバスルーム。19世紀のオリジナルではなく後世に増築したような建物だったが、それでも雰囲気は十分。高い天井にはファンが回り、置かれている家具の一つ一つも大きく、イメージ的には客船で訪れた客がその大きな荷物を入れたり置くには十分な感じ。まさに昔のホテルである。飛行機は時間を短くし手軽さを実現した反面、優雅さと荷物を軽くした。かつての旅行は生活の移動だったのだ。

 朝食はロビー脇のレストランにて。海を望む静かなレストラン。その給仕と過ぎる時間はゆったりしたものである。ここには団体客は来ない。食事を見ている限り、宿泊客は欧米人かオーストラリア人。どちらにしても西洋人で、自分達以外にアジア人はいなかった。

 レストラン「The 1885」でアフタヌーンティーを楽しんだ。
 紅茶を選び、ケーキ、スコーン、サンドイッチが台に乗って運ばれてくる正統式のもの。ペナン島自体はそれほどうるさい所では無いが、このレストランの空間はそれにも増して別世界。必然的に静かな会話になる。日本のデラックスと言われるレストランは、何故かそのサービスは時間を気にしているように思えて仕方が無いのだが、ここではそんな事はない。「回転」を考えるようなサービスは幾ら丁寧でも楽しいものではない。まあ客は我々を含めて3組しかいないので、ゆったりとした時間を存分に楽しんだ。

 後に宿泊したクアラルンプールのシャングリラと比較するとどうしても古さが目立ってしまうが、それは仕方が無い。むしろきらびやかなデラックス感や機能性ではなく、ゆったりとした時間を楽しめる方に、是非おすすめしたいホテルだ。

首里王城を歩く

 沖縄新都心と言われるおもろまちは、やたら建物が大きい新興ショッピング街だったが、そこからモノレールで終点まで辿り着いた所が首里である。

 首里は尚氏琉球王朝の都が置かれた所。モノレール駅から歩いて15分程歩いた所に王城地区がある。

 平日ということなのか観光客はそれ程多くは無く、団体客もおらずゆっくりと城跡を見学することが出来た。首里と言えば私の子供の頃は守礼之門が代表的な建物だったが、20年程前に宮殿が復元されて今に至る。あの赤い漆塗りの印象的な建物だ。本土の城と異なり石垣は緩やかな曲線を描き、日本はもとより中国の王城にもあるような方形の築城では無い。どちらかと言うと朝鮮の城にも見られるよう地形に逆らわない城郭を形造っていて、それがまた美しい。この地域一体は世界遺産に登録もされている。
 地域一体と書いたが、建物や城郭は世界遺産では無い。遺産とは建物の新しい古いでは無いとは個人的には思うが、その登録されていない理由はこの城郭内の建物ほぼ全てが復元されたものだからだ。

 琉球王国が日本に編入された後も本土の多くの城とは異なり、建物を始め城郭の殆どは破壊されることは無かった。実際明治から昭和の初期にかけて首里城やその一体を撮影した写真が多く残っていて、そこには宮殿を初めとして優雅な姿を残している。これら建物が徹底的に破壊されたのは、沖縄戦でである。
 沖縄戦と言えば大抵本島南部の摩文仁周辺の戦いが例に出される。ひめゆり部隊の悲劇もその辺りである。実際沖縄防衛の第三十二軍はこの本島南部で最後に戦ったので、その辺りの激戦や玉砕が取り上げられることが多いのだが、首里やその北に位置する浦添、宜野湾、北谷、嘉手納、読谷などの地域も本島西側から上陸した米軍との間で激戦が繰り広げられた。その最中に首里城も戦災に有って破壊されてしまった。

 今に残る首里城の美しさは、激動の歴史とは全く無縁のものだ。石垣は緑に囲まれ、私が訪れた際は非常に良く晴れていたので、遠くに綺麗な海が望めた。

那覇の夜

 朝8時の飛行機で沖縄へ来た。一昨日海外から帰ってきたばかりで、今回の沖縄行だけは勘弁してくれと思ったが、仕事だから仕方がない。
 平日火曜だというのに飛行機はほぼ満席。しかも小学生とみられる子供を連れた家族もちらほら。小学校って平日が休みになったのか?
 東京も暑けりゃ那覇も暑い。南だからと言って、このご時世に「当然です」という話でもないだろう。でも空の色も海の色も違うし晴れているので気分は悪くないのだが、今回は仕事で来ているため、楽しい筈が無い。本島に来るのは2回目だけど、前回も仕事だった。なんだかなあと思いながら、モノレールの客になる。

 仕事そのものは早い内に終えたのだが残務処理に手間がかかり、自由の身になったのは終業の定刻通り。まあ当たり前ですが。

 昼間は国際通りから少し入ったところの店で沖縄ソバを食べたので、夕飯は何にしようかと思案。一人で来ているので相応の食事になってしまう。こちらに駐在のスタッフに声をかけようと思ったが忙しそうだったのでやめた。一人で暖簾をくぐる程に酒飲みではないし、泡盛とかが好きな訳でもないので琉球居酒屋という選択肢は無く、ホテル近くにある有名なステーキ屋へ行く。肉は何処で食べても肉なのは分かっているが、ステーキは何気に沖縄の名物だったりするので、夕飯としては悪くないだろう。訪れた店は有名人の色紙でいっぱいだったが、店員のみなさんはとても腰が低く高飛車な店ではなく、また評判通り味も良く、満足して食事をすることが出来た。

 酒飲みではないが、かといってこんなに遠くまで来て飲まないで寝る程の人間でもない。近くのコンビニでオリオンビールを買って部屋で飲む。本土で買うとメジャーところと比べて若干高いのだが、こちらでは同じ値段で売っていた。

 楽しくはないけどつまらなくもないです。

中秋のマレー紀行

疲れているので今夜は概略だけにするが、今回のマレーシア旅行、結論から言うと

楽しかった。

で、前回の訪問時に一体何をやっていたのかと、その行動に対し理解に苦しむ。

日程は以下の通り。

【1日目】
成田→香港乗継→夜:ペナン島。
着後、ホテルチェックイン。
まずは前回(1997年)に滞在した「国泰旅社」にご挨拶。コロニアル様式の安ホテルで、まだ元気に営業中。
その足でフェリーでバタワースに渡り、鉄道切符の手配。当たり前だが疲れており、次の日の手配にしようと心が折れかけたが踏ん張る。
夕飯は23時半から安食堂でインド料理。1時間ほどウダウダし、ホテルに戻って寝る。
はい、ホテルはイースタン&オリエンタルです。

【2日目】
世界遺産にも登録されている旧市街ジョージタウンをひたすら歩いて廻る。いや~本当にタイムスリップしますね。そこで今でも生活があり商売があるので「生きた街」なのだが、観光ナイズされていないのがいいです。たいてい観光客はビーチの方に行ってしまい、バックパッカーみたいな人達しかいない。昼はニョニャ料理(マレー風中華料理。でも安食堂にて)。

【3日目】
午前はペナンヒル。1922年に造られたケーブルカー。昨年改修されているので近代的だが、無茶苦茶急な坂道を上がり下がりします。
午後は宿泊ホテルでアフタヌーンティー。ここのアフタヌーンティーは有名。でもガラガラ。当たり前だけど地元の人は来ない。
夕食は近くのフードコート(日本のモノとは違い、アジアのフードコート。多民族国家らしく何でもある。当然安い、早い、暑い。少しでも衛生に気を遣う人は入れない。生水で作った氷が山ほど入ったジョッキでビールを飲めますか?)
バタワース23時発の夜行列車でクアラルンプールに向けて出発。コンパートメントの1等寝台だがクーラー効き過ぎ。何と18度!

【4日目】
早朝にクアラルンプール着。そのままホテルにチェックイン。1時間ほど休んで街へ。午前中は郊外のバトゥー洞窟。ここは笑えた。
昼にクアラルンプールに戻り、ひたすら市内徘徊。KLCCでショッピングセンター調査、連邦裁判所やムルデカ広場などの観光地、セントラルマーケットでドクターフィッシュ。白珈琲。チャイナタウンで夕食。勿論屋台。サテーを腹いっぱいに。それと雲呑麺。前回泊まったチャイナタウンのオンボロ中級ホテルは潰れてた。をいをい。
その後、妻が日本から予約していたスパ。この夫婦、日本ではやらないが海外に行くと必ずスパに行ってる。こういうことは本当に有難い。一人旅では行かないですから。
前回のクアラルンプールは、マラッカ行バスを手配したことと連邦裁判所を観光したことくらいしか覚えていない、あとはチャイナタウンで飯食った。バックパッカーってやつは...。

【5日目】
早朝、タクシーで空港へ。既に金の感覚は無い。9時半の飛行機で香港へ。乗り継いで成田着は20時半。

こんな感じ。往復共に日着はマレー半島辺りが限界か。何だかんだで行きも帰りも一日がかりだし。今回はキャセイパシフィック航空利用だが、マレーシア航空でもそんなに時間的な変わりは無いです。

印象に残ったところを抜き出して後日書いてみますが、今日は疲れた。

しかも明後日(正確に言うと明日)とその次の日、一泊二日で沖縄出張。今日沖縄上空を過ぎてきたのに...。

徒歩帰宅を開始する

いちおう三日坊主にならないよう確認の意味も込め。

余程のことが無い限り、会社からの帰宅は歩くことにした。

ジムを始めたのはいいが、月数度の運動が体に刺激を与えるとも思っていない。やっぱり何かしらを毎日続けることですよね、ということで、考えてみたら会社から家までは少し早歩きをして丁度一時間。これを毎日続ければ少しは変わるんでないの?という安直な発想。早速靴も往復はウォーキングシューズに代え、社用は会社に置いておくことに。

今日からスタート。途中のチェックポイントを何処に置くかだが、概ね

30分:早大理工
45分:面影橋
60分:家

で適当ではないか。15分のチェックポイントはどのようにルートを取るかによるんだけど、今日は新宿六丁目交差点に取った。新宿西口に用があったから少し遠回りをしたんだが、最短距離を取ろうと思ったら、西武新宿駅北側の山手線ガード下の際、歌舞伎町職安あたりが適当だろう。

ということで、何処まで続くかわからないが頑張ってみることにする。

なんということもなく201109

 昨日は台風の中、神宮球場でプロ野球。もっとも球場をよけるように雲が進んでたので、試合終盤まで雨にたたられずに済んだ。けど、7回裏に急に本降りになって、そこでもう帰ってきたわけ。

 今日は午前中からジム。いや、あまりにも運動不足を見せつけられたのでショックも起きなかった。取りあえず毎日一時間歩けという。一時間と言えば、会社から丁度我が家までの距離です。明日から靴を持って行こうかしら

 今週とうとう夏休み。マレーシア進撃。14年ぶり。ペナン島とクアラルンプールだが、殆どホテルステイがメインになる予定。でも途中の移動はマレー鉄道の夜行列車です。前回も乗ったけど、コレ揺れるんだよな。

 で、旅行から帰ってきたら、一日置いて沖縄出張。

 ああ準備が面倒。

「いい国つくろう、何度でも。」

今日の(正確に言うと昨日の)全国紙朝刊に出た全面見開き広告です。
久しぶりにインパクトのある広告でした。

一本のキャッチコピーに見開き写真と広告主という極めてシンブルでありながら、その広告の大きさもあって思わず見入ってしまいました。
最近このようなメッセージ性のある広告を見ません


宝島社2011


使われている写真のせいでしょうか。

厚木飛行場に降りようとするマッカーサー元帥の写真。非常に有名な写真です。

この広告の是非についてはネット上で非常に多くの賛否が渦巻いているようです。このように良くも悪くも評判を呼ぶような広告も最近珍しい。それはひとえにこの写真が持つ意味にあります。

敗戦日本の地にマ元帥が降りるタラップの一コマは、「占領の一歩」か、「米国陣営に引き込む一歩」か、それともそのあとに続く「繁栄日本への一歩」か。
人によってその受け止め方は非常に異なる。

「いい国」とは「1192」であり、20「11」年「9」月「2」日を意味する?
この日に新内閣が誕生したのは単なる偶然のようです。

広告を形作る要素は非常に少ないのですが、そのシンブルな世界の中にまた多くの意味を込められるのも広告のすごい所。なるほど、文言が多ければ良い訳ではありませんね。

広告主である宝島社は一年に一~二度、このような企業広告を打ってくることが知られています。去年の犬の広告もそう。

この会社の企業広告だけは、コピーの額面通りに広告の主張を受け入れたいものです。

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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