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拉薩の事件に思う~北京の論理とは

 今回の拉薩(ラサ)の一件について色々と語られている。このような時に決まって盛り上がってくるのが中国大嫌い評論家や中国を「中共」とか「支那」とか言う人々の論壇だ。拉薩の件ではチベットと北京の関係を(鬼の首を取ったかのように)単に暴力的側面か稚拙な歴史的側面からのみ論じている。で、大体の愛読新聞が産経だ。呆れてモノが言えない。

 予め断っておくが、私は単なる中国大好き人間でも賛美する者でもない。寧ろ中国という国に旅行と言う形で、途中から訪れた回数を数える事を止める位に散々訪れ、断言してもいいが、中国嫌いの論陣を張る大多数の人間たちよりも彼の国に於いて苦労をし、嫌な目にも相当に遭っている。テープレコーダーのように日帝の話を散々聞かされ、意見も求められ、閉ざされた列車の中等で日本代表として論戦を貼ってきた。「お前らは礼の国の人間じゃあない」と言ってやった事もある。今ほど開放されていない90年代前半から無修正の中国を見せつけられているから、もしそのような中国嫌いがこの文章を読むんでいるのなら、あんたらとは年季も経験も違う事を肝に銘じて読んで欲しい。

 何処の国でもそうだが、中国という国-ここでは共産党と言い換えてもよいが(以降「北京」と記す)-の指導者は「自分達のやっている事が全て良いという信念」で以ってやっている。なまじっか一党独裁を布き反対勢力を許さない為に、その権力行使を遮るものが無い。野党が抹殺される以上その担い手は一般大衆になるのだが、天安門事件を語るまでもなく、人権活動家の逮捕軟禁が日常茶飯事の事実を見れば、一般大衆による政治要求が非現実的であるのは明白だ。
 よって他の国から奇異に見える政策も、特に北京の側から見ると中国国家を維持する為に「良かれ」と思ってやっているので、特に今回のような件が起こるとその主張は北京がつぶれない限りは永遠に人権を主張する国家団体等と交わる事は無い。
 幾度かの旅行を通じて見てみると、北京のやる事はよく日本で語られるように単なる権力維持の施策からくるものではなく、単純に「これが民衆とって為になる施策なのだ」という半ば「思い込み」に近い考えから実施されているのではないか、と思える事がある。言ってみれば「良かれと思って」やっているのに、何でお前ら不満を持つのか、それが理解出来ない、といったところだ。北京からすれば、チベットを封建社会から「解放」し、生活レベルを向上「してやった」。宗教という「迷信」には多少目をつぶるとしても、ダライラマ14世の言うことを聞いてみろ、また元の奴隷みたいな生活に戻りたいのか。漢民族同化政策だって、生活向上施策の一環だ(尤もこれについては、手っ取り早く反抗的なチベット族を消し去るという側面もある)。俺たちは感謝されてもいい筈なのに、何でお前ら反抗するんだ。大体歴史上に於いてチベットというのは中国の一部じゃないか、国が分裂行動を制止するのは当たり前じゃないか。まあこんな所だ。

 この「歴史上に於いて」というのがややこしい。
 そもそも中国の「歴史上」とはいつの事を指すのかと言えば、それは「清国」の事である。この清国の支配地域を以って中国の領土というのは維持されるべきというのが北京の論理だ。少し話がずれるが、そうするとモンゴルは中国の領土と言うことになる。実際中華民国(台湾)の地図では、モンゴルは中国の一部だ。が、モンゴルはソ連の支援によって独立国とされ、中ソ蜜月の時期に北京はモンゴルを独立国と認めてしまったから、北京の地図にはモンゴルが含まれない。対して清国が理藩院を通じて間接支配した藩部の一つであるチベットは、ソ連を初めとする他国の手出しもなく地理的には中国固有の領土となるので、正統国家である「中華人民共和国」が支配するのは極めて当然、という訳だ。
 これがチベット側から見ると違ってくる。そもそも清国に藩部とされていたものの、それは強権による支配によるもので、そもそもこの地域にはチベット独自の支配地域が存在していたし、藩部の時期もダライラマを中心とする支配体制は続いていた。清国の論理は勿論、民族の尊厳を踏みにじる北京による1950年代の武力侵攻は無効だ。お前ら散々に俺らを抑圧しやがって。仏の生まれ変わりである我々の指導者ダライラマを返せ。

 これでは論理が全くかみ合わない。

 北京としては自分達の行っていることは極めて当たり前の行為なので、反論される事自体が理解に苦しむのである。そもそもの独立国家チベット粉砕などという意識が無いのであるから。日本でもそうであるが、国家分裂罪というのは重罪であるのに加え、漢民族内にある少数民族への漠然とした差別意識が他国から弾圧と呼ばれる施策を引き起こす。漢民族の特徴として自分のテリトリーの同胞と認めた者に対してはそれが外国人(勿論日本人も含む)であっても最大限の面倒を見るが、同胞と認められない他人は漢民族であっても人間とは思わない傾向がある。
 見ず知らずのチベット人が対象であれば、事が生じた時に当然の如く人間扱いをしないのは想像に難くない。

 地理的支配体制的国家とそこに住む人々は別物である。

 感情や善悪で物事を捉えると本質を見失う。
 今回の事件を契機として罵華と華巣の華蓄集団がこれから拉薩に対し大弾圧を加える事になろうし、それ自体は国際的にも人間的にも非難されるべき事は明らかだ。しかし、チベット側のみから見るのではなくて北京の行動原理もしっかりと理解しておかなければ、単なる感情論で物事が終始してしまうことになるだろう。

 このような国際的に厳しい目の中で、今月末に北京、天津と寧夏回族自治区の区都である銀川を訪れる。もし今回の一件に関する情報が多少なりともあればこの場で報告する。

ポタラ宮前の漢族による「祖国万歳」の花壇
ポタラ宮前の漢族による「祖国万歳」の花壇(拉薩にて)

プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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