FC2ブログ

泉岳寺と播州赤穂

 昨日、肌寒い中を走り回ったせいか、鼻がぐずぐずいっている。でも家にいるのももったいないので、外にでる。今日は自転車はやめておきます。
 
 都営浅草線を泉岳寺で降りた。忠臣蔵の遺構を周るのを何気に趣味にしてたりするが、四十七士の墓所である泉岳寺には来た事がなかった。駅から魚籃坂に抜ける道に入るとすぐ、目指す泉岳寺はあった。もっと大きな寺かと思ったが、いたって普通のこじんまりした寺だ。山門前ではお約束の通り忠臣蔵を扱う土産物屋が2軒ほど並んでいたが、閑散としている。丁度何処かの老人会らしき団体客がバスで到着したところだが、その方達以外に参拝客は見えない。
 大石一行は本所松坂町で暴れたあと、ここまで歩いてきて浅野の墓の御前で吉良の首を供えている。墓所の手前には吉良の首洗い井戸というのがあり、ここで清めたようだ。その隣には義商天野屋利兵衛の石碑などもあり、雰囲気が出てきた。で、墓所であるが、討ち入りの後、毛利、松平、水野、細川の四家御預かりとなったが、そのグループごとに固まって墓が並んでいた。その隣に大きく内匠頭と瑶泉院の墓もある。なるほど、大石一行はここに来て首を供えたのですか。切腹した面々以外にも討ち入り前に脱盟して自害した萱野三平や、討ち入り後生き延びた寺坂吉右衛門の墓もあった。以前大阪千里に住んでた頃、車で15分程行った所に萱野という地域があった。萱野三平のルーツとなる土地で、なるほどと感慨深くなったものだ。
 播州赤穂の筆頭家老もここ江戸の土地で葬られているのだな。赤穂を訪れた際、小さな町だったが、大石の屋敷門が残っていたのを見たり町全体が忠臣蔵で持っているのを見て結構楽しかった。刃傷沙汰の際、赤穂の江戸屋敷は国許まで使者を、本来なら十五・六日かかるところを早駕篭で四日で送ったというが、実際に行ってみると分かるが遠いです。思わず東京と赤穂のその繁栄ぶりを比較してしまいました。

●泉岳寺
品97系統(品川駅~新宿駅)または反96系統(五反田駅~六本木ヒルズ)にて「泉岳寺前」下車

プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月別アーカイブ
最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索

RSSフィード
リンク