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首里王城を歩く

 沖縄新都心と言われるおもろまちは、やたら建物が大きい新興ショッピング街だったが、そこからモノレールで終点まで辿り着いた所が首里である。

 首里は尚氏琉球王朝の都が置かれた所。モノレール駅から歩いて15分程歩いた所に王城地区がある。

 平日ということなのか観光客はそれ程多くは無く、団体客もおらずゆっくりと城跡を見学することが出来た。首里と言えば私の子供の頃は守礼之門が代表的な建物だったが、20年程前に宮殿が復元されて今に至る。あの赤い漆塗りの印象的な建物だ。本土の城と異なり石垣は緩やかな曲線を描き、日本はもとより中国の王城にもあるような方形の築城では無い。どちらかと言うと朝鮮の城にも見られるよう地形に逆らわない城郭を形造っていて、それがまた美しい。この地域一体は世界遺産に登録もされている。
 地域一体と書いたが、建物や城郭は世界遺産では無い。遺産とは建物の新しい古いでは無いとは個人的には思うが、その登録されていない理由はこの城郭内の建物ほぼ全てが復元されたものだからだ。

 琉球王国が日本に編入された後も本土の多くの城とは異なり、建物を始め城郭の殆どは破壊されることは無かった。実際明治から昭和の初期にかけて首里城やその一体を撮影した写真が多く残っていて、そこには宮殿を初めとして優雅な姿を残している。これら建物が徹底的に破壊されたのは、沖縄戦でである。
 沖縄戦と言えば大抵本島南部の摩文仁周辺の戦いが例に出される。ひめゆり部隊の悲劇もその辺りである。実際沖縄防衛の第三十二軍はこの本島南部で最後に戦ったので、その辺りの激戦や玉砕が取り上げられることが多いのだが、首里やその北に位置する浦添、宜野湾、北谷、嘉手納、読谷などの地域も本島西側から上陸した米軍との間で激戦が繰り広げられた。その最中に首里城も戦災に有って破壊されてしまった。

 今に残る首里城の美しさは、激動の歴史とは全く無縁のものだ。石垣は緑に囲まれ、私が訪れた際は非常に良く晴れていたので、遠くに綺麗な海が望めた。

プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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