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ここはアルハンブラ宮殿でしょ

 カトリック国ですが、一番の見どころはイスラム教徒が遺した宮殿です。ここを訪れることは自分に取っては数十年来の念願でしたんで、盛り上がり方も違います。

 カテドラルの後、とことこ旧市街をさまよってサン・ニコラス展望台まで辿りつきましたよ。シーシャも楽しめるアラブ街などを通り過ぎたところで、そう言えば朝食をとってないなあ、と。で、住宅街のど真ん中で見つけた小さなカフェでトルティ-リャ(ポテトオムレツ)を挟んだサンドイッチとコーヒー。これが超ド級のサイズ。あのさあ、こんなの食べたら昼ごはんなんて食べる気にならないでしょ、と。場所柄かだべっているのは西洋人のパッカーくずれみたいな自由人と地元の人々で、観光客など来やしない。まあ、いようといまいとどちらでも良いんです。食事の時間を乱されなければ。アラブ街までいたんですがね。昼前ということもあってさすがに日向で食事をするのには日差しが強くなり過ぎてきたので、パラソルの下でダラダラ過ごす。

 サン・ニコラス展望台は細い道を上り切ったところにある小さな教会の広場。ここには観光客が来ます。個人客らしいですが。アルハンブラ宮殿を谷を挟んで真向かいに見る有名な風景はここから。宮殿の茶色と宮殿下の緑と、遠くに見えるシエラネバタ山脈の雪山が美しい。フランス人たちが「La neige!La neige!」とはしゃいでいる。

 ここでしばらく時間を過ごしたあと、また街まで戻らなくてはいけないのだが、来た道を帰るのはつまらないので、別の道からてくてく降りる。ここまでミニバスが来てるらしいけど、全く見ることは無かった。旗持ち団体客はどうやってここまで来るのかな?

 もう正午は過ぎているけど昼ごはんなど食べる気にもならない。大体スペイン人の昼食は13時を過ぎてからなので、店がようやくポツリポツリとあいてきた。

 いったんホテルに戻り小休止した後、ようやく本命ですよ。サンタ・アナ広場脇から坂道をだらだらと上ること20分で、アルハンブラ宮殿の入り口。当日券はとっくの昔に売り切れているようで、並んでいる人もなく閑散としていた。予約してたチケットを受け取り門を入ったのが14時半。でも、ハイライトの入場までは、あと3時間半もあります。

 最初に訪れたのはヘネラリフェという庭園。丁度日本人旗持ち旅行と一緒だったので、遠慮なく付いていってガイドの説明を伺うことにする。でもさぁ、いきなり庭園に入った一言目で、「ここにある創建時のオリジナルは手すりくらいですね。大抵は20世紀云々ですから」って案内はどうなんだ?正しいんだろうけど、楽しみに来てるお客さんに対して最初に案内することじゃないだろ。そのあとも、私はしゃべるの忙しいんで写真撮影係はお断りしますって、もうちょっと言い方があるんじゃないか?こっちはタダで勝手に聞いているんで文句は言わないけどさ。案内されるお客さんはかわいそうです。ツアー会社、ここでさらしていいですか?私は、水を非常に上手に利用した設計と庭園のバラの花の美しさを十二分に堪能しましたが。

 次はパラドール。パラドールとは国営ホテルですが、昔の屋敷を改装したホテルが園内にあり、そちらで暑さから小休止。

 いよいよ日差しの強さが増してきました。朝の寒さが嘘みたい。乾いた園内に容赦なく降り注ぎ、ミネラルウォーターの消費量が普通じゃないです。

 アルカサバ。ここの景色も良く出ますね。イスラム教徒が築いた要塞跡です。見るからに難攻不落で城塞建築としては見事というほかに無い。「アルカサル」という言葉がこの後のいくつかの町で出てきて「城塞」とい意味らしいんですが、言葉としては関係ありそう。城とはまた微妙に違うんですが。

 18時、ようやく指定された時間がまわってきました。けど、ここまでの3時間半、ダラダラ見てたので時間が余ったということは無いですがね。その時間を指定されていたのは50人くらいに見受けられました。団体客は別の入り口から入っていたみたい。

 イスラム三大建築とはここグラナダのアルハンブラ宮殿、イスファハンのイマーム広場、イスタンブールのブルーモスクと聞いたことがあり(本当かどうかは知らないです)、どれも訪れる機会を得ました。他にも美しい建築物はいくらもありますが、装飾という意味では、ここアルハンブラ宮殿の「ナスル朝宮殿」が思い切り抜けてます。その彫刻たるや、美しいの一言に尽きる。イスラム教は偶像崇拝を禁じたので、必然的に草文様とアラビア文字を装飾にまで高めたのですが、ここのは極致に達していると言っても過言ではありません。ガチガチの旧教徒で南米大陸の文明を破壊尽くしたスペイン人がここを破壊しなかったのは奇跡だと思ってましたが、その実は手を下すのには至らなかったのではないか、と思える程。有名なコマレス宮が全てかなと思ってたんですけど、その神髄は宮殿内部の装飾にありました。興味ある方は是非検索でお探しいただきたい。
 勿論思い切り堪能して宮殿を出ることになりました。

 こんななので当然のことながら昼食は食べていませんが、朝食が朝食だったので二食でも十分。ホテルから少し南に下った市庁舎の方のバルでパエーリャ。本場はバレンシアですが、何処の国の観光客もスペイン料理とくればパエーリャなんでしょう。人が集まるところでは何処でも食べられます。バルセロナでは食べる機会が無かったので、こちらに来てからは初めてのパエーリャ。あとはワインで。このあと、昼もワイン、夜もワインと、水代わりにひたすら飲み続けることに。

 街では学生がデモをしてました。最初は祭りのパレードがかと思ってたんですが、鎌とハンマーを黄色く染め抜いた赤旗を振ってたんで、ああ、何かの主張ですか、と。

 さてさてアンダルシアの旅が始まり。次はコスタ・デル・ソルと白い村の話です。

プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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