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Fly Emirates

アエロフロートで旅行すると言っておきながら、行きのモスクワ→ペテルブルグが適当な便が取れないことと、帰りのモスクワでの乗り継ぎ時間が1時間10分しか無いことで、嫌になった。ペテルブルグ23時半着なんて、プルコヴォ空港のヤクザタクシーの格好なカモじゃないか。バスと地下鉄が動いてりゃヴィテプスク駅やモスクワ駅まで苦労せず300円ほどで行かれるのに、タクシーなら$60とか払わされるんでこんなアホな話はない。で、帰りのモスクワ乗り継ぎだが、次の日会社だということを忘れていた。ソウル線や北京線に乗せてくれる前に、平気で「そこらで寝て明日の飛行機を待て」と空港職員に言われそうだ。逆ルートも考えたがイスタンブール0時半着が気に入らない。そりゃ、イスタンブールに行くのは一度や二度じゃないし、一度は移住も考えていたんで土地勘はあるけれど、深夜に着いたらやっぱりタクシーで街に出るかバカ高いトランジットホテルに泊まるしかないじゃないか。このホテルの1泊$170って何なんだ!
 という訳でもう一度適当な便を探してみると、おおあったあった。エミレーツがあるじゃないか。いいあんばいで空いている。と言うことで、早速席を押えた。
 エミレーツ航空を利用するとすれば、今度で3度目だ。「人気エアラインランキング」とかやると大抵上位に上がってくる航空会社で、今度エミレーツで行くんだけどさぁ、とか言うと、おおいいですねぇなんて言葉が大抵返ってくる。で私の感想だが、確かに全体的には悪くないと思う。いまだにエコノミークラスでもアメニティキットがあるし、機材は新しいし、おやすみタイムで消灯すると天井には星が浮かんでくる。これ結構イキなのよね。機内食も上等だ。利用したことがある芸能人がテレビの電波で「よかったよかった」と吹聴するものなので、余計印象がよくなるんだろう。断っておくが過去二回は乗りたくて乗った訳じゃなく、たまたま便利だから乗っただけだ。一度目はテヘラン往復、二度目はカサブランカとマスカットに行った。テヘランは地理的にも時間的にもエミレーツしか考えられん。東京からならイラン航空があるんだが、関西では無縁だ。モロッコは別にエミレーツでなくても良かった。乗ってるだけならパリ辺りを経由して行くのも同じだし、当時はそれ程金額も変わらなかったような気がする。が、テヘランにしてもモロッコにしても他の航空会社では実現できないものがあった。それは到着時間だ。エミレーツは昼間に着くが、エミレーツでなければどちらも到着は夜から深夜にかけて。これは大きい。帰りもトバイ空港のハンドリングに余程自信があるのか、乗り継ぎ時間を1時間半以内に収めてくることが多かった。関空行きは深夜2時50分ドバイ発とかいうスケジュールなんだけど、乗り継ぎのドバイ着便が大抵1時台だもの。もっともドバイ空港自体そこそこ楽しいところなので、多少留め置かれても困りはしない。アエロフロートから移行する理由がこれだけでもお分かりだろう。シュレメチボの1時間とドバイの1時間は全く信用度が違うし、シュレメチボの死にそうな位しんどい5時間とドバイの安楽の5時間では比べる方がおかしい。ドバイは横になれる仮眠用椅子はあるし、床は絨毯敷きでそこらで寝られるから乗り継ぎが苦にならない。ハラが減れば24時間営業のマクドナルド、買い物なら24時間営業の免税店、これが一番繁盛するのが何故か深夜1時~6時くらいという不思議な空間なのだ。で、1000人に一人100万$が当たるという宝くじとか、フェラーリが当たるとか(1回目に行った時はランボルギーニだった)、なるほど金があるとはこういう事がというのを思い知らせてくれる。ちなみに今回は、来週あたりにオープンするという第3ターミナルの利用で嫌でも気分が乗ってくる。これだけ夢が見られるのなら、アエロフロートに乗るほうがおかしい。値段ですか?大阪からだと東京乗り継ぎを手配すれば、今回の旅行総額比較で15,000円くらいしか変わらない。この金額で天国と地獄を比べるのなら余計に払ってもあまりある。
 ただ「エミレーツ素晴らしい」説には個人的には疑問符がつく。私が航空会社で重要視するのは機内食とシート間隔。エミレーツは機内食はいいが、シート間隔はそれ程広くない。芸能人はビジネスやファーストしか乗らないので絶賛するが、エコノミークラスの居住空間はそれ程良くは無い。このあたりは好き嫌いが出るかも。

という事で、Kさん。申し訳ありませんが国内線使わなくなりました。すみません。

ドバイ自体も楽しいところです。特にジュメイラビーチ。11月でも真っ青なペルシャ湾のビーチでバカンスを楽しめました。はい、入場料150円のパブリックビーチですが何か。プライベートビーチでなくても十分です。

シラーズでの一枚

 イランでは、法律によって女性はみんなスカーフで髪を隠さなくてはいけないことになっている。外国人も例外ではなく、例えば日本の女性がイランに行けば、飛行機を降りる前にスカーフをさせられる。当然、半そで半ズボンなどももっての外だ。
 政府の上にイマーム(宗教指導者)が立ち、宗教的に厳しいイメージもあるイランだけれど、テヘランでは若い女性を中心に結構派手なスカーフをしていることが多いし、Gパン姿もよく見かける。が、一歩テヘランを踏み出し地方へ行くと、女性は黒い衣装で身を包んでいることが殆どだ。さすがにサウジアラビアとかタリバン政権時代のアフガニスタンのように顔まで隠している人を見かけることは滅多に無いけれど。けど、これらの姿がイスラム世界に来た事を実感させてくれるのも事実である。
 写真を撮ることは嫌われるのでイランで女性をカメラに入れるのは難しい。私の写真にイラン女性が写っているのは、ハーフェズ廟で建物を撮るフリをして記念写真を撮る親子を写したものと、廟近くのチャイハネで話し込んだ夫婦の写真のみだ。
 本当はこちらの夫婦の写真を上げたいのだけれど、ブサイクな私も一緒に写っているので遠慮させてもらいます。

1995年 カラチ行 その3

 カラチ=キャントメント駅に降り立ったが、久しぶりに大都会に放り出された、という気分だぜ。そりゃそうだ。ここはパキスタン一の大都市だからね。
 圧倒的な車の量と人の波に包囲されるが、こんなのにめげたら旅行者をやってられねぇ。まずはベッドだ。夜行座席にしちゃ寝られたほうだが、それでも木の椅子にくくりつけられての旅行だから、疲れてないっていっちゃあウソになる。飛行機はあさっての深夜3時半発。ヤバイと言われるこの街でのサバイバル開始だ!

 何がやばいかって?
 政府のことを気に食わない集団がいて、この街の郊外で軍と「交戦」してるんだよ。ゲリラ戦をな。で、街中では爆弾テロがボコボコ起こってる。こないだもアメリカ人が巻き添え食って死んでるんだ。大体2~3週間に一回、この広い街のどこかで爆弾がボカンといっててね。この位の頻度だと遭わないっつっちゃあ遭わないが、頻繁と言っちゃあ頻繁と言えなくもない。お国の外務省も渡航自粛勧告を出している。まあ用があっても行くんじゃないよっていう位のカナリのレベルだな。この勧告の上は退避勧告になるからさ。武装勢力との協定では空港には手をつけない(テロの標的としない、攻撃をしない)ということになっているらしいが、そもそもそんな集団と結ぶ「協定」って何なんだ?ゲームじゃあるまいし。

 宿はすぐに見つかった。今までとは違い奮発して一泊600円程の宿。個室でシャワー付き。日本で言うところのビジネスホテルだな。

 それはカラチ2日目の午前中のことだったよ。

 起きて新聞でも買いに行こうと街に出た時だった。いきなり大音量の爆音が響いたんだ。とっさにテロだ、と思った。長期旅行をしていると神経は嫌でも研ぎ澄まされてくる。日本にいる時とは比べ物にならないくらい注意深く、また冷静になっているが、それでもこの爆音は強烈だった。後ろの方100m程のところから真っ黒い煙が上がっているじゃないか。その時、前方でも大音量の爆音が響いた。2連発か!人が走り出す。周りは騒然となった。前の方から頭が真っ赤な人が歩いてきた。流血だ。このままホテルに隠れた方が良いのだろうか。いや、こんなでは建物にいるから安全というものじゃあない。急に回りの商店がシャッターをバシャバシャ閉め出した。足が自然と前方に向いた。まだ警察は来ちゃあいないようだ。大勢の群集集まっているが、逆に危険じゃないのか?群集の方に行ってみると、とんでも無い光景を目にした。がれきからはみ出るように血だらけの人が倒れている。見たところ3人か。その内一人は首から上、左のひじから先が無い。少し離れたところに腕がちぎれて転がっている。頭は見当たらない。建物はごうごうと火を噴出している。今にも崩れそうだ。死人が出た。思わず目を背けるかと思ったが、逆に注視して目を離すことが出来ない。
 周りの音が聞こえなくなった。足が動かない。

 一人のパキ人が鬼の形相で俺を引っぱたいた。意識が戻った。殴られた痛みは感じなかった。胸倉をつかんで何かいっている。「Hey!My friend!Far away!」そうして俺を投げ出した。救急車のサイレンが聞こえた。やばい!

 その時また近くで轟音がした。3発目か。一目散に走り出した。逃げなくちゃいけねえ!


 これがテロというやつか。人の生き死にが一瞬で分かれた。もうすこし早く宿を出ていたら自分が転がっていたかもしれない。人間とはこんなにも簡単に物になるものなのか。そこにあるのはテロの是非、主義の是非じゃあない。生死分岐点が偶然に左右されるという理不尽であり、終わってしまえば、物になるという儚さだ。

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 決してテロという方法を肯定するものではないが、する方にもそれなりのもっともらしい理由があった。それがこの国の一部、それもかなりの範囲では熱烈に支持されている事実を目の前にして、どうして一介の旅行者が主義の是非や事の善悪を声高に叫ぶことが出来ようか。爆弾を抱えて自死する連中は、まず宗教と神という日本人には理解し得ない呪縛に対して肯定的に捉われており、併せて国家権力への戦闘方法として自爆テロが最も有効的な手段と信じられている(信仰と言ってもよい)となれば、外から反戦や善悪を語ったところで、全く意味を持たない。このあと私は好んでイスラム国家という異質な空間に身を寄せたが、この考えは今以て全く変わらない。

 この漠然とした、一方で強烈な印象は、翌年夏、ベトナムのダナンに於いても別の形で再度認識させられる事になった。
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 その日はもう街に出るのが恐ろしかった。当たり前だ。酒で紛らわそうにも、この国は禁酒国で一般の旅行者では酒は手に入らない。勿論寝られるものでも無い。自然と煙草が増えた。紙巻で煙草酔いを経験したのは後にも先にもこの時だけだ。後で数えてみたら、6箱120本ほどを一日で吸っていた。
(続く)

1995年 カラチ行 その2

 日本で反戦運動をやっている人達の声が今一つ心に響いてこなかったり、ベトナムやらパレスチナやらで戦場をくぐり抜けてきた人達が反戦・非戦の声を大にしないのはどうしてなのか、と思ってきたが、今回ようやく判ったような気がするよ。

 アブドゥルに手配してもらった切符を持ってラワルピンディ駅に着いたのは朝7時半。首都に一番近い駅ではあるけれど石造りのレトロな小さな駅だ。イギリス統治時代に造られたものだとは容易に推測出来る。駅独特の喧騒はあるけれど平和だな~。今俺が持っているのは地獄への片道切符。笑っちゃうよ。いや~笑うしかない。この街で大人しくしていたので、体調は少し回復した。ホームに出ると丁度ラホール行が出ていった。インドと同じ形の車両だ。窓に鉄格子かはめてある。窓から人とか動物が入らないないようにするためだろうけれど、動く牢屋にしか見えない。この辺りはパキスタンもインドも一緒だな。まあ元々は同じ国だし。大英帝国の植民地政策で良かったことがあるとすれば、鉄道網を張り巡らしたことだろう。特にインドは鉄道大国な訳だし、ここパキスタンでも十分にその恩恵を受けている訳なんで。
 さてさて俺の列車が入ってきた。ペシャワール発カラチ=キャントメント行き急行列車「8DN」。昨日の夜にペシャワールを出て2泊3日でカラチへ向かう。ペシャワールか。行ってみたかったな。アフガニスタンがやばいことになってなけりゃ、ペシャワール経由で国境の山を越えたのに。英雄マスード将軍も最近押され気味だからな。アフガンの統一はいつになることやら。
 2等座席だが、こりゃきついな。木の椅子じゃないか。線路幅が大きいので車両幅も大きく、通路を挟んで3人がけ向かい合わせの六人用コンパートメントと一人がけの向かい座席が一区画。自分は運良く一人がけの進行方向が割り当てられていたが、椅子は公園の木のベンチを一人用にしたようなもので背もたれも木。僅かに頭の部分だけ薄いマットだが、頭当ての意味を成してない。窓は鉄格子付き。ちっちぇえ窓だ。事故が起こったら逃げ場が無い。こりゃ棺おけだな!この車両で26時間の旅行だってか?8時11分、そろりそろりと出発。うげー。むちゃブルーだ。鉄道旅行でこんなに気が重いのは初めてだぜ!
 車内は満席だ。二人の車掌が検札に来た。白い民族衣装で格好が良い。乗客名簿と切符に書いてある俺の名前を照合している。その後来たのが武装警察。荷物検査だ。全く嫌になる。こいつら小銃を持ってやがるよ。日本で銃と言ったら拳銃だが、こっちではライフルだ。そんなにヤバイのか。ギルギットからのバスにも武警は乗り込んでいて、そいつも小銃を持っていた。向こうはまだ判るんだよ。インドと領有権争いをしているカシミールだからな。こっちはこの国一の大幹線の急行列車だぜ。

 平和な草原の風景を硬い椅子の上でボーっと眺めながら、快調に飛ばす列車の旅を「楽しむ」。15時半。ラホール着。さすがにピンディとは比べ物にならない位の大都会だよ。トンガリ屋根のデカい駅舎はイギリスが造ったやつだが、さすがに趣があるな。ホームのモノ売りは豊富だ。チャイ、カレー、ジュース、新聞、本、女性服、おもちゃetc。
 チャイ売りが車内に乗り込んできた。1杯注文する。ホームからの出前だ。30分の停車時間で7両を後ろに増結した。大量に人が乗り込んできた。元々席が無いところに人が押し寄せてきたんで、おぞましい空間になった。ま、運命共同体は一人でも多い方がいいけどな。17両編成のパキスタン人民列車。カラチへの旅はここからが本番だ。。

 夕陽が大地に沈む。空が真っ赤だ。日本から来ていきなりこんな風景を見せつけられたら感動するんだろうけれど、自分は今更何とも思わん。これまでもシルクロードやらで散々見せつけられてきたからな。これってあんまり良いことでは無いような気もするけど。敢えて思うとすれば、明日も太陽見られるんだろうか、ということかしら。

 座席無しの乗客がそこら中に座り込むので車内が大変なことになっている。荷物は網棚にくくりつけてあるが、こんなの気休めにしかならないって。バックパックだから、切られたらおしまいだし。さて夜に突入だ。車内の灯りが消えた。寝ろ、とのことだろうが、尻が痛くて寝られるものじゃあない。尻の痛さをごまかす為には体勢を変えるんだけど、これとてまた別の所が痛むだけだ。暑いので窓は開けっ放し。列車の轟音が響くが慣れてしまえば聞こえなくなる。車内は人で充満しているけど誰一人として喋るヤツはいない。大声で喋り好きのパキ人が無言の集団となっちまってるから、このカオスも不気味な空間になっている。おいおいこの暗闇で俺の方を見るんじゃねえよ。色黒の顔にギロリとしたその白い眼は目につくんだって。

 座席車にしては良く寝られたほうかな。やっぱり何処かで疲れてたんだろうか。ハイダラバードを出た。この辺りは武装グループの本拠地になっているシンド州のど真ん中だ。すぐにインダス河を渡った。河幅も広く水量も多い。見た感じは平和な風景なんだが、インダス文明の総本山モヘンジョダロへは武警の護衛が無いと行かれないんだから、やっぱりやばいんだろう。

 懸念された襲撃はなく、なんとかカラチに辿りつきそうだ。
 10時丁度、カラチ=キャントメント駅着。無事に着いた安心感で少し気が緩んだ。が、この駅は地獄の一丁目だった。まさか実際にあんなものを見せつけられるとは、思わなかったっつうの。
(続く)

1995年 カラチ行

 まさかカラチに行くことになるなんて夢にも思っていなかったぜ!

 シルクロード~カシュガルからパミール越えをしてパキスタンに入国、先週はパスーやらギルギットやらでぐうたらしてたんだ。ウルタルとかシスパーレとかナンガーパルパットなどのヒマラヤの端っこの山を見てウダウダしてたのは良かったんだが、山を降り、ラワルピンディに辿りついたら一気に体がおかしくなった。体がだるい。熱も高い。倦怠感で体が動かない。ベッドから動けない。

心当たりはあった。

 パキスタンに来てから生水をがぶ飲みしてたのさ。中国で自分の胃腸の強さを思い知ってからは、ミネラルウォーターを買うのがバカバカしくなっていた。パキスタンの食堂は有難いもので、何処に行っても大きな甕に冷たい水が飲料水として用意されている。さすがに中国では生水を飲んでいる現地人はいなかったが、パキ人は食堂の甕の水をごくごく飲んでいるじゃないか。なら、多分俺でも大丈夫なハズだ。並みの日本人とは鍛え方が違う...、と過信してたのがいけなかった。先週上の方でだらだらしていたから、連日の疲れは取れている。確かに夜行座席バスで山を降りてきたが、一晩くらいはどうってことない。とすれば、もうこれは水にやられたとしか考えられない。
 そんでもって食事が合わない。カレーしかないんだよ。最初の一週間はそれで良かったが、こうも続くと見ることは勿論、匂いを嗅ぐだけでも嫌になってくる。体が拒否反応を示すんだ。つまり食事を取ろうという気にならないから、絶不調の体にはますますいけない。早いところこの国を脱出しなくちゃなんないぜ。東に行けばインド、西に行けばイラン。インドに行ったら同じ食い物しかない、ってことは、余計体を悪くする。かと言ってイスラマバードのイラン大使館ではビザ発給に一ヶ月かけるんだと。まあ、今はパキとイランは仲悪いからな。デリーまで行けばイランビザが手に入るらしいが、またパキに戻ってこなくちゃいけないし、何よりの原因は食事なんだから、インドになんて行ってらんないぜ!

 こりゃイスタンブールに飛ぶしかないな。

 で、街のPIA(パキスタン航空)のオフィスに行ってきたが、週2便運行でしかも3週間後まで満席だと。ふざけんじゃねぇ。オフィスの隣に旅行代理店が入っていたんで、他の航空会社を聞いてみたら、最安値がクゥェート航空利用の往復で45,000円くらいだと言う。いや、こっちは片道が欲しいんだ。第一そんなに金が無い。人助けだと思ってトルコ航空に電話してくれよ。

 「OK!No problem!」
 出たな。それを言っちゃあおしめえよ。こいつらのノープロブレムは8割方デマカセだし、口癖みたいなもんだから期待していないけどな

....

 なんだと?来週火曜の席があるって?Oh!そいつはエクセレントだ。3万円ほどか。まあいいや。金を作ってくるから予約してもらっていいか?ん?カラチ発だと?しかも深夜3時半発だぁ?

 おいおいカラチはやばいぜ。
 アンタんとこの新聞でカラチの見出しがつく記事は、原理主義者のテロのニュースばかりじゃないか。今年に入って外国人が35人も殺されたってこないだの新聞に出てたっつうの。この前も急行列車が襲われてるじゃないか。俺の国の外務省が渡航自粛勧告ってヤツを出してる街だぜ。無茶苦茶ヤバイよ。行って何かあっても「アイツがバカだった」で終わっちまう。俺は善良な旅行者だし行きたかないよ。ホントにカラチからじゃなきゃだめなのか?そうかそれしか無いのか。まあ覚悟は何処かで決めなくちゃいけないからな。そこからしか出られないのなら仕方が無い。

 なあ、アブドゥル。来週カラチに行くことになったんだ。列車で。いや~怖いよ。マジで怖い。でもしょうがない。飛行機の国内線を買う金が無いからね。え?切符を買ってきてくれるって?このホテルではそれがアンタの役目だってか?手数料は?タダ?いやあ助かるよ。何処までもサービスのいいホテルだな。一泊180円だけどサービスは5つ星だよ。体が動かないんでどうしようかと思ってたんだ。アンタと俺はトモダチだからな。俺はこの国の人達が大好きさ。

 あ~ん?寝台が2週間後まで売り切れだって?2等座席しかないのか。何処までもついてないな。座席で24時間か。仕方ない。わめいても寝台が出てくる訳じゃないしな。いいよそれで。ありがとう。助かったよ。
(続く)

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プロフィール

Mr.Problem

Author:Mr.Problem
東京移住。
職業:雲のジュウザ
根本思想:世界人民大団結万歳(笑)
多少、あちこちに行ってましたが、。結婚してからはめっきり諸外国へ出ることが少なくなりました。せめて一年に一度くらいは海外には出たい。元パッカーの習性で旅行は旗持ちではなくほぼ個人旅行。基本的には今世界で起こっていることについて思うところや、今まで行った街の印象を徒然に書いていきます。
みなさんが世の中について考える何かの助けになれば。

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